国立感染症研究所

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世界におけるペストの現状, 2010~2015年(2)

(IASR Vol. 37 p. 102: 2016年5月号)

(前号26ページからのつづき

アメリカ大陸:ペルー北西部の4つの地域から症例が報告されている。基本的には農村地域の農業従事者に関連した散発的な腺ペストの症例である。2016年は, エルニーニョ現象による気候変動により, 以前と同様にペストが再度流行するかもしれない。

米国西部では, ペストは野生のげっ歯類の間で伝播しており, 毎年数例の報告がある。ヒトはペット(イヌやネコ)との接触により感染することがある。2014年, コロラド州で, ペストに罹患した動物との接触により3人の肺ペスト患者を認め, そのうちの1人との接触により4人目の患者も報告された。米国では1924年以来初めてのヒト-ヒト感染の可能性がある事例であった。

アジア:ペストは中央アジアが起源であると考えられており, 今でも最大の流行地域である。しかし, 大草原のアレチネズミや山岳地帯のマーモットが主な保有動物であるため, 感染リスクは飼育者や猟師に限られる。したがって, ヒトへの感染リスクは非常に低く, ヒトにおける集団発生は散発的である。2013年にキルギス(1981年以来初)で, 2014年にロシア(1961年以来初)でマーモットの猟師が腺ペストに罹患した。モンゴルや中国でも散発的に同様の症例が報告されている。

考察:単にヒトのペスト症例の発生数をモニタリングしているだけでは, 自然界での病原体の真の拡がりの一部しか把握できず, ヒトへの感染リスクも一部しか評価できない。2010~2015年に症例の報告がない国, 例えばインドやカザフスタンでは, 昆虫や動物におけるサーベイランスが実施されている。しかし, 費用が高く, 維持が困難なため, 多くの国では行われていない。よって, 自然界でのYersinia pestisの状況を把握することは難しい。

Y. pestisのサーベイランスでは抗菌薬に対する新たな耐性は認めなかった。ペストにおける課題の1つとして早期診断と早期治療がある。迅速診断検査により簡便に診断が可能となるが, 一般的な検査方法ではない。アフリカで報告された症例の中には 「疑い」 や 「確定」 の定義に合致しないものもあるが, それを判別できる情報もない。さらに, 総報告数が数百例を超えず, 流行地域も非常に局所的なので, 各行政地区や保健地区レベルでサーベイランス方法をわずかに変更しただけで, 国や世界規模のデータに重大な影響を及ぼす。報告数の年ごとの変化は注意が必要である。

多くの国で病原体の同定, 確定が可能としているが, 特にアフリカや南米ではサーベイランスをすり抜ける症例がいることは否定できない。とはいえ, その症例が世界規模のデータに大きく影響することはない。

自然界における状況の世界規模のサーベイランス制度がない状況では, 報告数が減少したのが環境中の病原体の伝播の様式が変わったためなのかどうかはわからない。また, 予防という点では大きな発展はない。生活様式の改善が影響した可能性もあるが, 周期的な自然な変化ともいえる。

単に報告数や死亡者数だけではヒトのペストの全体像を測れない。過去15年間, 肺ペストの著しい流行や都市部での症例の発生は, 常に国際的な公衆衛生に刺激を与え続けている。ペストは2016年も人類の脅威であり続けるだろう。

(WHO, WER 91(8): 89-93, 2016)
(抄訳担当:感染研・藤谷好弘)

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