(IASR Vol. 34 p. 270-271: 2013年9月号)
背 景
肺炎球菌は高齢者肺炎の主要な呼吸器病原菌である1)。肺炎球菌性肺炎の多くは散発性に発生するが、保育所や病院、軍隊などの閉鎖空間において集団発生する事例が報告されている2-4)。
今回神奈川県内の高齢者施設内で発生した肺炎球菌性肺炎の集団発生事例の臨床細菌学的調査を行ったので報告する。
事例概要
2013(平成25)年3月28日から約1カ月の間に、県内の高齢者施設の同一階に入所していた31名のうち10名が肺炎で入院し、ほかに16名が上気道炎症状を発症した。同期間中に施設職員30名中11人にも上気道炎症状が認められた。
調査および結果
全入所者および職員の基本情報を、標準調査票を用いて収集した。肺炎入院症例については病院診療録から臨床情報を収集した。
事例の発生した階の入所者(n=31)は74%が女性で、年齢中央値は84歳であった。81%は認知症患者であった。入所者の87%に2012/13シーズンのインフルエンザワクチンが接種されていたが、23価肺炎球菌ポリサッカライドワクチン(PPV23)は入所者の7%にしか接種されていなかった。 肺炎症例(n=10)は80%が女性で、年齢中央値は87.5歳であった(表)。全例にインフルエンザワクチンの接種が行われていたが、PPV23は接種されていなかった。1例が併発した心不全の増悪のため死亡した。
10例の肺炎症例中5例の喀痰から肺炎球菌が分離同定され、ほか2例の尿中から肺炎球菌抗原が検出された。また、同期間中に上気道炎症状を呈した入所者16例中3例から咽頭ぬぐい液を採取したところ、1例から肺炎球菌が分離同定された。これらの肺炎球菌株(n=6)について、微生物学的検査を行ったところ、いずれもペニシリン感受性(PSSP)で血清型は3型であった。制限酵素Sma Iを用いたパルスフィールド・ゲル電気泳動法では(図)、同一のDNAパターンを示した。Multilocus sequence typingによる遺伝子型はST180であった。
集団発生の探知後、感染防止対策として、外出・外泊・面会の制限、入所者・職員のマスク着用、うがい・手洗いの励行、入所者全員の体温測定による発症者の早期発見、および発症者の居室分離などの措置を講じた。その結果、4月25日以降は新たな発症者は認められず、集団発生は終息した。
6月に入所者と職員全員を対象とした肺炎球菌の保菌調査を行ったところ、職員1名の鼻腔ぬぐい液より肺炎球菌が分離同定されたが、血清型は38であった。7月に入所者に対してPPV23の接種を施行した。
考 察
本事例は、高齢者施設で発生した肺炎球菌血清型3の同一株による集団発生である。1カ月という短期間に、同一階の入所者の8割以上が上気道炎症状を発症しており、呼吸器ウイルスの集団感染が先行していた可能性が考えられる。
高齢者の肺炎、とくに肺炎球菌性肺炎は生命予後に影響するだけでなく、日常生活動作(ADL)低下および介護負担の増加につながる。超高齢化社会を迎えるわが国において、肺炎球菌感染予防対策は重要な課題であり、PPV23接種率の向上を含め、有効な公衆衛生対策が必要である。
参考文献
1) Loeb M, Clin Infect Dis 37: 1335-1339, 2003
2) Cherian T, et al., JAMA 271: 695-697, 1994
3) Millar MR, et al., J Hosp Infect 27: 99-104, 1994
4) Crum NF, et al., Am J Prev Med 25: 107-111, 2003
神奈川県茅ヶ崎保健福祉事務所 近内美乃里 相原雄幸
神奈川県衛生研究所微生物部 渡辺祐子 大屋日登美 古川一郎 黒木俊郎
長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症分野 鈴木 基 森本浩之輔
国立感染症研究所細菌第一部 常 彬 大西 真
国立感染症研究所感染症疫学センター 大石和徳
寒川病院・長崎大学熱帯医学研究所 臨床感染症分野 石田正之