速報
◆ 東日本大震災に関連した破傷風 -1:2006~2011年における全国および被災三県の発生状況-
破傷風は、破傷風菌(Clostridium tetani)が産生する毒素のひとつである神経毒素(破傷風毒素)により強直性痙攣をひき起こす感染症である。破傷風菌は芽胞の形で土壌中に広く常在し、創傷部位から体内に侵入する。侵入した芽胞は感染部位で発芽・増殖して破傷風毒素を産生する。破傷風の特徴的な症状である強直性痙攣は破傷風毒素が主な原因であり、潜伏期間(3~21日)の後に局所(痙笑、開口障害、嚥下困難など)から始まり、全身(呼吸困難や後弓反張など)に移行し、重篤な患者では呼吸筋の麻痺により窒息死することがある。破傷風は感染症法の5類感染症全数把握疾患に定められており、診断した医師に保健所への届出が義務付けられ、その発生動向が調査されている(届出基準と届出票:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-12.html)。
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、津波により非常に多くの死亡者と受傷者が報告された。そのなかで、震災に関連する破傷風患者(以下、震災関連症例)の報告が、2011年3月~2012年3月の期間に岩手県と宮城県等から10例あった(発病と診断は2011年3~4月)。これらのうち7例について、積極的疫学調査の一環として自治体とともに追加調査を行ったので、その結果を全国の報告例のまとめとともに、2回に分けて報告する。まず今回は、全国および震災関連症例が報告された岩手県、宮城県、福島県の三県(以下被災三県)における発生動向について、感染症発生動向調査から得られたデータに基づいて報告する。2回目には、積極的疫学調査結果に基づいて、震災関連症例の詳細を報告する。
年別・週別 2006~2011年の過去6年間における、全国の破傷風の累積報告数は合計666例で、年間平均報告数111例(SD±12.2)であった(図1)。2006~2010年における破傷風の報告数の平均値の推移(図2の折れ線)をみると、破傷風は春から秋にかけて増加し、冬に減少する傾向がみられた。2011年の全国における破傷風の発生(図2の棒グラフ)は、第12週、第19~20週、第48週において、平均値の2SDを超える報告数であった。感染地を被災三県とした報告数(図2の黄色の棒グラフ)は、東日本大震災後の第11~14週に増加が認められた(2011年3月11日は2011年第10週)。
都道府県(感染地と報告地) 感染地が被災三県と報告された破傷風の2006年(4月以降*)~2011年における累積報告数は合計38例であった(図3)(*2006年4月から、感染地域が国内の場合に、都道府県名やその詳細地域も報告内容となった)。そのうち13例(34%)は震災が発生した2011年の報告であり、このうち10例は震災関連症例であった。2006年(4月以降*)~2010年の年間平均報告数は5例(標準偏差:SD±2.1)であった。震災関連症例10例の感染地は宮城県8例、岩手県2例であり、福島県の報告はなかった。報告自治体は、宮城県5例、岩手県2例、山形県1例、埼玉県1例、東京都1例であり、山形県、埼玉県、東京都の症例の感染地域はいずれも宮城県であった。
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図1. 破傷風の年別報告数(2006~2011年) |
図2. 破傷風の週別報告数の推移 |
図3. 被災三県を感染地とした破傷風の年別・感染地別報告数(2006年4月~2011年) |
性・年齢 2006~2011年に報告された666例から震災関連症例10例を除いた656例の性別は、男性380例、女性276(1.38:1)であった。年齢の中央値は71.0歳(0~98歳)で、年齢群別では70代以上350例(53.4%)で過半数を占め、次いで60代152例(23.2%)、50代84例(12.8%)、40代29例(4.4%)の順に多く、40歳以上の症例が93.8%(615例)を占めた。一方、震災関連症例10例の性別は男性4例、女性6例(1:1.5)であった。全症例が55歳以上であり、年齢の中央値は67.0歳(56~82歳)で、50代2例(20.0%)、60代4例(40.0%)、70代以上4例(40.0%)であった(図4)。
症状 届出票では、症状は2006年4月から選択形式となっており、これらを中心にまとめた(表1)。2006年4月~2011年に報告された657例のうち、震災関連症例10例を除いた全国の647例(以下、全国の症例)では、開口障害619例(95.7%)、筋肉のこわばり545例(84.2%)、嚥下障害456例(70.5%)、発語障害349例(53.9%)、強直性痙攣226例(34.9%)、反弓緊張225例(34.8%)、痙笑197例(30.4%)、呼吸困難(痙攣性)190例(29.4%)、易興奮性113例(17.5%)、その他49例(7.6%)であった(重複あり)。また、死亡例の報告は12例(case fatality rate:致命率1.9%)であった。一方、震災関連症例10例では、開口障害10例(100%)、筋肉のこわばり9例(90.0%)、嚥下障害6例(60.0%)、発語障害6例(60.0%)、呼吸困難(痙攣性)4例(40.0%)、強直性痙攣4例(40.0%)、痙笑3例(30.0%)、易興奮性2例(20.0%)、反弓緊張1例(10.0%)、その他0例(0%)であった(重複あり)。これらのうち、死亡例はなかった。
診断方法 届出票では、診断方法は2006年4月から届出基準に対応した選択形式となっており、これらを中心にまとめた。全国の症例647例中646例(99.8%)が臨床決定であり、分離同定11例(1.7%)であった(重複あり)。震災関連症例10例はすべて臨床決定であった。
感染から診断までの日数 ①感染から発病まで(潜伏期間)、②発病から診断まで、③発病から初診まで、④初診から診断まで、のそれぞれの日数を、震災関連症例とそれ以外の症例でこれらを比較した(表2)。①以外の②、③、④は全て、震災関連症例のほうが短かったが、統計学的な有意差はなかった。一方、①では震災関連症例のほうが有意に長かった。
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図4. 破傷風報告例の年齢群別割合-震災関連症例とそれ以外の症例の比較- |
表1. 破傷風報告例の症状-震災関連症例とそれ以外の症例の比較- |
表2. 破傷風報告例の感染から診断までの各期間-震災関連症例とそれ以外の症例の比較- |
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