国立感染症研究所

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日本国内で流行するHIVの動向、2003~2011年

(IASR Vol. 33 p. 235-236: 2012年9月号)

 

エイズ動向委員会の報告によると、HIV/AIDS患者は2011(平成23)年末の時点で19,976名に達しており、わが国のHIV-1感染症も2万人超えの時代に突入した。HIV-1感染者が依然として勢いを落とすことなく増加していることは大きな問題であるが、それに加えて、新規に報告されるHIV-1感染症の3割が病状の進行によりAIDSを発症した段階で診断されている事実は、国民のHIV-1感染症に対する危機意識の周知をさらに進めることの重要性、そしてわが国のHIV-1感染動向に適合した検査・診断体制を構築することの必要性を示している。この実現にはわが国のHIV-1感染症の疫学的動向の緻密な把握が不可欠であるが、厚生労働省研究班「国内で流行するHIV-1遺伝子型および薬剤耐性株の動向把握と治療方法の確立に関する研究班(以下調査班)」では新たにHIV-1感染が診断された症例を対象に、わが国におけるHIV/AIDS感染者の特徴、流行しているHIV-1のサブタイプ、薬剤耐性の有無等の解析を行っている。本調査班ではエイズ動向委員会に報告された各年の新規HIV/AIDS診断症例の約4割を捕捉しており、わが国のHIV-1感染動向を正確に捉えていると思われる。

図1に2003年以降のわが国の新規HIV/AIDS診断症例群の特徴、性別(1-a)、国籍(1-b)、リスク行動(1-c)、およびサブタイプ(1-d, e)の動向を示した。ここに示すようにわが国のHIV-1感染流行の主体は調査を開始した2003年以降一貫して日本人(85.0~92.8%)、男性(89.2~96.3%)、男性同性間性的接触(MSM)(63.1~73.7%)そしてサブタイプB(82.1~90.3%)であり、この傾向は近年さらに強まりつつある。non-Bサブタイプについてその内訳をみてみると(1-e)、最も多いのがCRF01_AEであるが、その全体に占める割合は2003年の14.6%(non-Bの中では82%)以降下がりつつあり、2011年には6.9%(同57%)までに低下している。それでもAEがわが国で2番目に多いサブタイプであることは現在のところ揺るぎがないが、サブタイプC、A、CRF02_AGなどが徐々に増えつつある。AEに続くnon-Bサブタイプは、症例が少ないこともあり、順位が年ごとに入れ替わっているが、今後の動向には注意する必要がある。なお、HIV-1のサブタイプが国・地域ごとに特徴があることを鑑みると、観察される各サブタイプの頻度が日本に在住する外国人の出身国の比率とは相関しておらず、在留外国人におけるHIV-1感染症がどのくらい把握されているのか興味のあるところである。薬剤耐性HIVによる感染症例の頻度は2007年以降10%前後を示しており、さらなる増加の傾向はみられていないが、抗HIV療法の早期開始がどのように影響してくるか、また、諸外国で試験的に行われるようになっている抗HIV薬剤の予防的投与が今後どのように波及してくるか興味のあるところであり、引き続き調査を続けていくことが重要である。

さて、新規HIV/AIDS診断症例群にはHIV-1感染自体の成立が過去である慢性感染症例も含まれており、現在進行しているHIV-1感染拡大の主体を必ずしもみていない可能性がある。そこで、現在進行形のHIV-1感染の動向を理解するために2010~2011年に捉えられた新規HIV/AIDS診断945症例のうち、臨床的に急性感染が疑われる症例143例について、そのプロファイルを解析した。結果を図2に示すが、急性感染症例においても日本人(93.6%)、男性(95.1%)、MSM(69.9%)そしてサブタイプB(93.7%)という特徴をもつ集団が主体であることが明白になった。この結果はわが国のHIV-1感染者集団がこれらの特徴を持つ集団に年々収束されつつあるという新規HIV/AIDS診断症例群に観察された動向を裏付けるものである。一方、急性感染症例群の中に「女性」、「外国人」、「non-B サブタイプ」は少なく、わが国のHIV-1感染動向に及ぼす影響は限定的であると推測される。ただし、前述したように「外国人」の場合は見落としている可能性もあり、これについては今後のnon-Bサブタイプの動向を追跡することによりある程度の把握が可能と思われる。急性感染症例群と慢性感染症例群を比較すると、急性感染症例群の平均年齢が33.7±0.9歳と、慢性感染症例群では39.2±0.4歳に対して有意(p<0.0001)に年齢の若い症例が多いことが明らかになった。このことからは若年層の方がHIV/AIDSに関する関連情報を有し、危機意識が高いこと等が考えられる。以上、今回の調査と分析からわが国において現在進行しているHIV-1感染症拡大を抑制するための対象集団像が推測され、予防啓発活動を行う上での有益な情報として活用されることを期待する。

 

国立病院機構名古屋医療センター
臨床研究センター感染・免疫研究部
杉浦 亙*,** 服部純子 横幕能行 松田昌和
 *名古屋大学大学院医学系研究科免疫不全統御学講座
 **国立感染症研究所エイズ研究センター

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