日本における麻疹ウイルス流行株の変遷 2009~2012
(IASR Vol. 34 p. 36-37: 2013年2月号)
WHOは、麻疹が排除されている状態を、「適切なサーベイランス体制の下で、ある特定の地域において、そこに常在する麻疹ウイルスによる麻疹症例が1年間以上存在しないこと」と定義しており1)、排除の認定には麻疹症例数を減少させるだけでなく、原因となった麻疹ウイルスの解析も求めている。わが国では国立感染症研究所、地方衛生研究所(地研)、保健所を中心としたRT-PCR法による麻疹検査体制を構築してきた2) 。導入した当初は地研へ搬送される検体数が少なかったが、2011年、2012年には麻疹検査診断例の約40%が地研におけるRT-PCR法を利用していた。それに伴い、流行する麻疹ウイルスのゲノム情報も蓄積されてきている。
麻疹ウイルス遺伝子型の推移
2006~2012年に検出された麻疹ウイルスの遺伝子型の推移を図1に示す。2006~2008年の流行時には遺伝子型D5(バンコク型)のウイルスが主流であった3,4)。このD5型ウイルスが現在、日本における常在麻疹ウイルスとされている。2009年以降はD5型に代わって海外に由来すると考えられる他の遺伝子型のウイルスが増加してきている。2009年にはD5型(沖縄3例)、タイ帰国者からのD9型(山形)、インドとの関連が考えられたD8型(沖縄)5)のウイルスが検出された。2010年には中国からH1型2例(札幌、茨城)、インドからのD8型1例(横浜)、インドからのD4型1例(札幌)、フィリピンからのD9型16例(愛知、三重)、D5型1例(千葉)が報告された。このD5型ウイルスが日本で最後に報告されたD5型である。また、D9型ウイルスはフィリピンから4回にわたり日本に持ち込まれたが、系統樹解析では3つに分類されている6,7)。2011年はD4型が57例、D9型が49例、D8型が6例、G3型が2例報告されている。D4型は東京を中心とした首都圏、大阪、兵庫、山梨、新潟、広島で報告された。首都圏(東京47例、神奈川5例)ではイギリス、フランス、ドイツ等とのリンクが明らかな4件以外は疫学的な関連が不明な弧発症例(以下散発例)であったが、これら首都圏、ならびにスペイン(山梨)、フランス(大阪、兵庫)からの帰国者より検出されたD4型ウイルスのN遺伝子上の遺伝子型決定部位 450塩基の配列は、1塩基の変異があった1株(東京)を除きすべて同一であった8)。一方、ニュージーランドからの帰国者(新潟)と散発例(広島)から検出されたD4型ウイルスはそれらと異なる配列であった。D9型のウイルスはフィリピン、カンボジア、シンガポールとスリランカ、グルジア、インドネシア、タイ、マレーシア等に渡航歴のある患者から検出されているが、これらの多くは異なる遺伝子配列をもっていた。D8型ウイルスはオーストラリア、タイ、バングラデシュおよびベトナムへの渡航歴を持つ患者から検出されている。また、インドネシア帰国者からG3型ウイルス2例(千葉、鹿児島)が報告されている。2012年はD8型ウイルスが45例、D9型が9例、D4型が6例、H1型が7例報告されている。D8型は2011年末に報告された成田空港勤務者から広がったと考えられる6例(千葉)、愛知から渡航歴のない小児から広がったと思われる24例(散発例とそこからの集団発生)、さらに岐阜3例(散発例とその家族)、山梨2例(散発例)が報告されたが、これらの遺伝子配列はすべて同一であった9,10) 。これと同じ配列を持つD8型ウイルスは近年、欧州、アメリカ、オーストラリア、中東、インド等世界各地域からも報告されている。その他にタイ(東京、宮崎)、タイおよびカンボジア(東京)帰国者からもD8型ウイルスが報告されている。D9型はフィリピン帰国者(岡山、兵庫)、散発例(東京、千葉、栃木)からの報告があるが、岡山、兵庫、栃木の配列は異なっていた。D4型ウイルスはベトナム(東京)、パキスタン(富山)、英国とフランス(大阪)からの帰国者、ならびに2件の散発例(千葉、東京)から報告されているが、大阪の株は2011年の欧州由来D4株と同じ配列であった。H1型では、福島で台湾由来と考えられるアウトブレイクがあったが、過去に報告されたH1型株とは異なる配列を持っていた11) 。他に中国帰国者(千葉)と散発例(東京)からもH1型が検出されている12) 。
従来の常在麻疹ウイルスと考えられていた遺伝子型D5型は2年間以上、検出されていない。しかし、新たに侵入した麻疹ウイルスの伝播が1年間以上継続すれば新たな常在株とされる。近年の日本の流行株の推移は欧州、東南アジア等の流行を反映している。小児だけでなく、国外へ行く機会が多い成人にも必要に応じた予防接種が勧められる。一方、収集した麻疹ウイルスの遺伝子解析の結果から、D4型やD8型のように海外の異なる場所や異なる時期に侵入したウイルスでも、遺伝子型決定部位の解析では鑑別ができない場合があることがわかってきた。また、都会を中心に散発例も多く報告されている。今後は1例1例の麻疹症例をウイルス学的、疫学的により丁寧に解析していくことが麻疹排除達成のために求められてくる。また、より詳細なウイルスの解析が可能となるウイルス分離の実施も望まれる。
謝辞:今回解析に用いた塩基配列は地研で実施された麻疹検査診断結果から得られたものです。麻疹検査診断をご担当いただいている地研ならびに保健所の皆様に深謝いたします。
参考文献
1) WHO, WER 85: 490-495, 2010
2) IASR 30: 45-47, 2009
3) Nagai, M, et al., J Med Virol 81(6): 1094-1101,2009
4) Akiyoshi K, et al., JJID 61(6): 506-507, 2008
5) IASR 30: 299-300, 2009
6) IASR 31: 271-272, 2010
7) IASR 32: 45-46, 2011
8)長谷川道弥ら,東京都健康安全研究センター研究年報 62, 2011
9) IASR 33: 32-33, 2012
10) IASR 33: 66-67, 2012
11) IASR 33: 242-244, 2012
12) IASR 麻疹ウイルス分離検出情報
http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-measles.html
国立感染症研究所ウイルス第3部
駒瀬勝啓 染谷健二 竹田 誠