国立感染症研究所

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人獣共通感染症としてのE型肝炎

(IASR Vol. 35 p. 4-5: 2014年1月号)

 

E型肝炎は東アジアから東南アジア、南アジア、中東、アフリカ、北アメリカで広く報告されており、これらの地域の散発性肝炎の主要な原因の1つであると考えられている。E型肝炎は主に糞口経路によって伝播するが、中でも飲料水の汚染が原因である場合が多い。E型肝炎ウイルス(HEV)の血清型は1種類であるが、遺伝子配列は多様性が高く、現在までヒトに感染するHEVは4種類の遺伝子型(G1~G4)が存在する。その分布には地域特異性があり、G1はアジア、アフリカに広く分布し、G2はメキシコおよびナイジェリア、チャドなど一部のアフリカに分布している。G3はアフリカ以外の世界に広く分布し、G4は東、東南、南アジアに比較的限局している。日本ではG3、G4が多い。G1は海外からの輸入感染が報告されている。また、北海道で発生数が多い傾向がある。

1997年、Mengらによって初めてブタからS1株が分離され、この研究がきっかけとなってブタをはじめ種々の動物についてHEVの感染状況の調査が行われた。これまでの報告によると、日本をはじめとして数多くの国々のブタから抗HEV抗体とHEV遺伝子が検出されている。ブタの抗体保有率は各国間で差があり、20~96%であった。日本でのブタの抗HEV抗体保有率は月齢とともに上昇し、出荷ブタの抗体保有率は90%以上であるが、HEV遺伝子は2、3カ月齢のブタからの検出率が高く、6カ月齢のブタからは低い。北海道で市販されているブタレバーからのHEV遺伝子検出率が1.9%であることもこの結果と一致している。動物衛生研究所の調査では、ブタ糞便中のHEV遺伝子は2~3カ月齢のブタから高率に検出され、特に、3カ月齢では検査した半数以上のブタが陽性を示した。また、検出率は低いが、出荷時である6カ月齢の糞便からも陽性例が確認された。抗体検査では調査した31農場中30農場でHEVの侵淫が確認され、HEV陽性農場にはSPF農場も含まれていた。一方、抗体陰性であった農場はSPFブタ供給のためのSPF原々種ブタ農場と、極めて特別なブタ群であった。また、1980~1990年代に採取されたブタ血清も高率に抗体陽性を示した。これらのことから、ブタのHEV感染は近年広まったのではなく、日本のブタ集団にはすでに広く侵淫しており、SPFブタも例外ではないこと、HEVの感染は1~3カ月齢の子ブタに集中して起こっていることが明らかとなった。一般的なブタの飼養管理方法として、出生子ブタは1カ月齢までに離乳し、離乳子ブタは育成豚舎に移動して数十頭規模で群飼される。この群飼段階でHEVは水平感染していると考えられる。

野生イノシシの抗体保有率はブタより低いが、保有率が50%に達する地域もある。動物衛生研究所の調査でも、東日本3県から採取された血清581例中196例(34%)が抗体陽性であった。以上のように、日本のイノシシではHEVは広く侵淫していることが明らかにされている。また、これら捕獲されたイノシシからのHEV遺伝子の検出率は出荷時期のブタに比べて非常に高いことが注目される。ブタにおいては1~3カ月齢に集中してHEVの水平感染が起こっており、このような感染時期の集中化は群飼養という管理方法に起因すると考えられる。一方、イノシシ社会は単独個体から母子グループまで様々なパターンがあるとされるが、当然ながら養豚のような大きな集団としての生活様相ではない。このため、HEVの感染時期はブタに比べて多様であることが想定される。また、ブタの出荷月齢はほぼ一定であるのに対し、捕獲されるイノシシの年齢は様々である。これらのことがイノシシにおけるHEV遺伝子の検出率が高い要因となっていると考えられる。HEV遺伝子はブタ、イノシシ以外ではシカ、マングース等からも検出されている。

G3とG4のヒト由来HEVをブタに静脈注射すると、臨床的には無症状に経過し、ALTなどの肝機能マーカーの上昇も観察されないが、肝組織は明らかな肝炎を呈し、ウイルス遺伝子は肝臓、胆 汁、糞便や血清などから感染後約1週より数週間検出される。HEV遺伝子の定量成績から、HEVは肝臓以外に腸管でも増殖すると考えられる。しかしながら、現在ブタから検出される株はすべてG3かG4であり、G1あるいはG2がブタから検出されたという報告はない。このデータは、遺伝子型によってHEVの宿主に対する感受性が異なる可能性を示すものである。2004年に北海道の焼肉店での会食後に発生した集団感染事例は食物(ブタ肉)を介した感染様式が存在することが明らかになった例で、この感染事例では劇症肝炎による死亡者がでている(IASR 26: 266-267, 2005)。また、フランスではブタのレバーソーセージが好まれているが、このソーセージの生食によりE型肝炎を発症した例が複数報告されており、これらの例ではソーセージからもHEVが検出されている。一方、イノシシに関しては、鳥取でイノシシの生レバーの摂食が原因とみられる急性E型肝炎の発症例と死亡例があり、長崎ではイノシシ肉の摂食に伴う集団感染例が報告されている。また、福岡での感染例では、冷凍保存されていたイノシシ肉と患者血清中からほぼ遺伝学的に同一のHEV遺伝子が増幅され、因果関係が証明されている(IASR 26: 265-266, 2005)。これらはHEVが野生動物からヒトに伝播したことを直接証明する重要な症例で、E型肝炎が人獣共通感染症であることが明らかになった。

日本人の抗体保有率は低く、E型肝炎が流行している地域で感染する危険性は高い。E型肝炎はこれまでアジア、アフリカなどの衛生環境が整っていない地域の疾患と考えられており、先進国では輸入感染症とみなされてきた。しかし近年、米国、ヨーロッパ、さらに日本において海外旅行歴のないE型肝炎症例が報告され、それぞれの国や地域に土着した固有株が存在することが明らかになってきた。また、HEVはブタ、イノシシなどの動物にも感染することが明らかになり、これらの肉や内臓を生、あるいは加熱不十分なままで摂食することによって感染することも明らかになってきた。わが国の食習慣から生肉を介して感染する危険性も高いと考えられる。E型肝炎が流行している地域では、清潔の保証がない飲料水、非調理あるいは加熱不十分な肉類、貝類を摂らないことなどがHEV感染を防止する上で重要である。また、日本においてもシカ、イノシシなどの野生動物の肉やブタレバーなどは生での摂取を避け、中までよく火が通るように加熱することが感染を防ぐ上で重要である。一方、HEVはSPFブタを含めたブタ集団に高率に侵淫しているが、養豚従事者に肝炎発症者が多いという事実は現在まで確認されていないことから、感染動物との接触によるHEV感染の可能性は低いものと推定される。ブタにおけるHEVの主な感染時期は育成期であり、多数のブタは出荷時には既に感染耐過してHEVは体内から消失している。しかし、現状の感染時期はブタの飼育方法や飼育環境が大きく影響していると考えられ、これらが変化すると感染時期が変わる可能性は残されている。感染時期が肥育後期に移動した場合、出荷時でのHEV保有率は現状よりはるかに高くなる可能性も考えられ、各養豚場での感染状況を定期的にモニターすることが今後重要になってくると思われる。

 

国立感染症研究所ウイルス第二部 
  石井孝司 李 天成        
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 ・動物衛生研究所 
  恒光 裕

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