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動物由来E型肝炎ウイルス;E型肝炎ウイルスの多様性

(IASR Vol. 35 p. 10-12: 2014年1月号)

 

はじめに
E型肝炎ウイルス(hepatitis E virus, HEV) はエンベロープを持たないプラス1本鎖のRNAウイルスであり、ヘペウイルス科(Hepeviridae)、ヘペウイルス属(Hepevirus)に分類される。ヒトから検出された遺伝子型が異なる4つのHEV(G1~G4 HEV)はE型肝炎の原因ウイルスである。G3およびG4 HEVはブタやイノシシなどの動物にも感染するのでE型肝炎は人獣共通感染症でもある。最近、ヒト以外の多種動物から遺伝子構造上ではヒト由来HEVと非常に類似するHEV あるいはHEV-like virusが続々検出されている。これらのウイルスでは培養系が樹立されておらず抗原性、血清型、宿主、ヒトへの感染性および病原性が不明である。本文では現在報告されている動物HEVの研究状況について概説する。

人獣共通感染症と関連する動物およびHEVの遺伝子型
1.ブタとイノシシ
1997年、米国で初めてブタからHEV (S1株) が検出された。この株の塩基配列は、米国でその直後に全く海外渡航歴のない急性E型肝炎患者から検出されたUS1、US2株と非常に類似していた。これらの株に対するブタの抗体保有率は非常に高く、出荷ブタにおける抗体保有率は100%に近い。HEV遺伝子は2~3カ月齢のブタから高率に検出される。フランスではフィガデールの摂食によるHEVの感染事例が報告されている。フィガデールはフランスのコルシカで生産される伝統的なブタレバーソーセージであり、ブタの生肝臓を短時間薫製処理して作られるフランスの伝統的な肉加工品である。マルセイユで市販されていたフィガデールからのHEV遺伝子検出率は58% (7/12)である。患者から検出されたHEV遺伝子配列はフィガデールからのそれと非常に類似すること、フィガデールを食べたヒトのE型肝炎発生率が高いことから、フィガデールがE型肝炎の重要な感染源であると推測されている。

イノシシ肉喫食が原因となったE型肝炎症例では、患者血清と残存したイノシシ肉から同じ配列を持つG3 HEVの遺伝子が検出されており、HEVが野生動物からヒトに伝播したことが明らかになっている。G4 HEVもヒト以外のブタやイノシシなどの動物にも感染し、G3 HEVと共に人獣共通感染症の原因ウイルスである。

最近、日本では岡山と静岡のイノシシからそれぞれ新しい遺伝子型だと思われるHEVが検出された。両方のウイルスの遺伝子構造はG4 HEVと類似するが、遺伝子の塩基の相同性は80%以下である。遺伝子型はまだ正式に国際ウイルス分類委員会(ICTV)の承認を得ていない。ヒトに感染するかどうかも不明である。

2.シカ
シカ肉が原因と考えられるE型肝炎がわが国で報告され、シカもHEVのリザーバーと思われた。その後、日本で捕獲された約1,000頭のシカ血清を調べた結果、IgG抗体保有率は2.6%で陽性検体のOD値も低いものであった。シカの糞便、肝臓組織、血清からもHEV遺伝子は検出されなかった。米国でも155頭のシカ血清を調べた結果、HEV IgG抗体が検出されなかったと報告されており、シカはHEVのリザーバーとしての可能性が非常に低いと考えられる。

3.マングース
沖縄に棲息しているマングースからG3 HEV遺伝子が検出され、マングースにおける抗体保有率は8.3~21%である。他のHEVがマングースに感染するか、またG3 HEVがマングースに対して病原性を有するか否かは不明である。

4.サル
昨年、霊長類のニホンザルから初めてG3 HEVが検出された。疫学調査によりこの野外飼育されたサル集団でHEVの流行があったことを判明した。ただし、検出されたG3 HEVはサル社会で伝播していたウイルスであるのか、それとも人やイノシシなどから伝播したウイルスであるのかは不明である。

最近発見が相次ぐ動物由来HEV
1.トリHEV
トリHEVは鳥類のHEVとして、2001年に米国で肝炎脾腫(HS)症候群を呈する鶏から初めて検出された。オーストラリアのBig liver and spleen disease virus(BLSV)もこれとおよそ80%の塩基配列の相同性を有するので、トリHEVに分類されている。ニワトリにおけるトリHEV感染率は年齢依存的であり、生後18週間未満のニワトリの抗体保有率は17%、成鶏におけるそれは36%である。

感染実験でトリHEVは、種の壁を超えて七面鳥に感染するが、アカゲザルとマウスへの感染は成立しなかった。トリHEVが人間あるいは他の哺乳動物に感染するかどうかははっきりされていないが、その可能性は低いと考えられている。

2.コウモリHEV
2012年に5つの大陸から85種、計3,869のコウモリの糞便および血清サンプルを用いてHEV RNAの検出が試みられ、アフリカ、中米およびヨーロッパのコウモリからコウモリHEVが発見された。現在このウイルスはヘペウイルス科(Hepeviridae)に分類されると考えられているが、ウイルスが由来した動物種によって少なくとも3つ (ヒト、齧歯類、鳥類)の属に分けるべきだとの提言がある。一方、90,000以上のヒト血液が調べられたが、ヒトへのコウモリHEVの感染証拠は見つかっていない。コウモリはいくつかの人獣共通ウイルス感染症と関連しており、ヒトHEVはコウモリHEVから進化したものかもしれない。

3.ラットHEV
ラットHEVは野生ラットから検出されたHEV-like virusである。野生ラットではヒト由来HEVに対する抗体保有率が高いことから、ラットはHEVの宿主ではないかと疑われていたが、感染実験によってラットはヒト由来のHEVに感受性を持たないことが証明された。また、ラットHEVは霊長類のサルに感染しないことも明らかになっている。

4.フェレット HEV
フェレットHEVは2012年にオランダのフェレットから検出された新型HEVである。2株のウイルス全長遺伝子配列が登録されている。オランダ株以外では、米国でペットや実験動物として飼育されているフェレットからこのウイルスが検出されている。遺伝子構造は既知のHEVと類似する。構造蛋白を組換えバキュロウイルスで発現することによってウイルス様粒子が作られ、これを用いた抗体検出法が樹立された。フェレットHEV はG1、G3、G4 およびラットHEVとELISAでは交叉反応があるにもかかわらず、G3 HEVに対する中和活性を示さずG1~G4 HEVと血清型が異なる可能性が示唆された。本ウイルスに感染したフェレットではALTが上昇するケースがあり、肝炎を引き起こしている可能性がある。フェレトHEVに対する他の動物の感受性はまだ明確になっていないが、実験動物の管理に当たってはフェレットHEVの感染を十分考慮する必要がある。

5.ミンクHEV 
ミンクHEVは2013年にデンマークのミンク糞便から検出されたウイルスである。ヒト由来HEV(G3とG4)、 ラットHEVおよびフェレットHEVとのポリメラーゼ領域の塩基配列の相同性はそれぞれ65%、69%、76%である。抗体の保有率は不明である。HEVが検出されたミンクでは明らかな肝炎症状がみられず病原性も不明である。

6.ヘラジカHEV 
ヘラジカHEVはスウェーデンのヘラジカ(Alces alces)から検出された新しいHEVである。Moose HEVの全長配列はまだ明らかではないが、C末端の5,100塩基配列の解析によれば、既知のHEVとの塩基配列の相同性は37~63%であり、既知のHEVと異なる遺伝子型である。興味深いことにヘラジカHEVとヒト由来HEVの遺伝子相同性は60%以上であり、ラットHEVやフェレットHEVなどとのそれより高い。

7.赤キツネHEV
赤キツネHEVはオランダの赤キツネ(Vulpes vulpes)の糞便から検出された新種HEVである。全長遺伝子がまだ明らかにされていない。部分塩基配列の解析の結果は既知のHEVの中ではラットHEVと一番近く、構造蛋白の相同性は83%である。ウイルスの病原性は不明である。

8.ウサギHEV
ウサギHEVは最初は中国のウサギ飼育場から、その後、アメリカ、フランスなどからも検出されている。ウサギ飼育場における抗体保有率は中国の甘粛省では57%、ヴァージニアでは36.5%である。フランスの野生ウサギの抗体保有率は23.0%であった。塩基配列はG3 HEVとは一番近縁である。ヒトへの感染性は不明である。

9.その他
ウシ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ、マウスなどの動物からHEV抗体が検出されたとの報告はあるが、ウイルス遺伝子が検出されていない。

次世代シーケンス解析の普及にしたがって、未知のウイルスの発見の可能性が高くなり、新型HEVがさらに検出されると推測される。これに伴い、HEV感染の全貌の解明が期待できる。一方、最近発見されたHEVでは細胞培養系が樹立されておらず、また宿主の範囲や病原性の情報が欠けている。今後、これらのウイルスの培養方法、検査法の樹立、さらに病原性等の研究も必要である。

 

国立感染症研究所ウイルス第二部 李 天成

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