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MERSコロナウイルスの宿主としてのラクダについて

(IASR Vol. 36 p. 238-239: 2015年12月号)

中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)は発生当初、遺伝子解析により重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)と近縁のβコロナウイルス2cグループに属し、既知のコウモリコロナウイルスであるHKU4およびHKU5と相同性が高いことがわかっていた。しかし、ウイルスRNAポリメラーゼ領域におけるアミノ酸配列の相同性は90~92%である一方、ウイルスの細胞侵入や中和に関係しているスパイク(S)蛋白質では64~67%であったため、SARS-CoVと同様に数種のコウモリコロナウイルス間での遺伝子組み換えの結果誕生した可能性が示唆されていた1)。しかし、コウモリからヒトが感染しているという直接の証拠もなく、しばらくウイルスの感染源が何であるかは不明のままであった。

自然宿主を見つけるために、様々な動物について調査が行われた。Hemidaらの報告では、サウジアラビアでヒトコブラクダ310頭、ヒツジ100頭、ヤギ45頭、ウシ50頭、ニワトリ240羽について中和試験による抗体保有状況の調査を行った結果、ヒトコブラクダのみにおいて90%(280頭)と非常に高い陽性率が示された2)。Alagaili らの報告では、ヒトコブラクダ、ヤギ、ヒツジについてサウジアラビア各所から集められた検体において抗体保有調査を行い、少なくとも1992年からヒトコブラクダの間でMERS-CoVは流行していたことが示された3)。Hemidaらはさらに2013年末~2014年初にかけてヒトコブラクダの調査を行い、多数の幼若ラクダの鼻腔検体において、RT-PCRによる遺伝子検出で陽性となることを示した4)。Haagmansらは14のヒトコブラクダ鼻腔検体のうち、11で遺伝子検査陽性となり、うち3つで断片的な遺伝子解析に成功し、ヒトのMERS-CoVとほぼ一致していたという報告をした5)。このように宿主としてヒトコブラクダの疑いが徐々に強まっていたが、Azhar6)はヒトコブラクダ検体からヒトで見つかったものとほぼ同じウイルスの分離に成功し、MERS-CoVはヒトコブラクダ由来であるということが決定的となった。さらにAdneyらによってナイーブな個体への実験感染によってMERS-CoVのヒトコブラクダへの感染が再現され、またMERS-CoVはヒトコブラクダにおいては軽度の上気道感染を引き起こす病原性しかないことも明らかとなった7)。すなわち、ヒトにおける鼻風邪の原因となるヒトコロナウイルスは229E、OC43、NL63、HKU1の4種が知られているが、MERS-CoVはヒトコブラクダにおけるこれらと同様の存在である可能性が示された。Wemeryらの報告8)によると、血清学的検査においては全年齢で高い陽性率を示すが、RT-PCRによるウイルスRNA検出やウイルス分離の成功率は4歳以上のラクダでは稀であり、ラクダが若いほど成功率が高く、2~4歳の間ではそれぞれ2.9%と7.1%、1歳未満ではそれぞれ35.3%、13.6%を示したことが報告された。これは幼若なラクダとの接触においてMERS-CoV曝露の可能性が高いことを示唆している。

以上のように、サウジアラビアではMERS-CoVがヒトコブラクダ間で蔓延している事実が報告されているが、すべてのヒトコブラクダに蔓延しているというわけではない。Reuskenらの調査によると9)、アラビア半島や紅海を挟んだ対岸のアフリカ諸国、ナイジェリア等の中央アフリカでは非常に高い抗体保有率を示す一方、チュニジアでは30~54%、カナリア諸島では13~14%であることがわかった。さらにM?llerらの調査10)により、スーダンやソマリアなどの東アフリカでは、1983年にまで遡ってヒトコブラクダにおいてMERS-CoV陽性であることが明らかとなった。したがって、ヒトコブラクダにおけるMERS-CoVは30年以上も前から中近東、中央、東アフリカ地域で流行しているということ、地域性があるということが明らかとなった。

MERS-CoVのウイルス受容体はdipeptidyl pepti- dase 4(DPP4)であることが報告されている11)。Boschらの報告12)によると、MERS-CoVのS蛋白質に存在する受容体結合領域との結合に関連するDPP4の主要アミノ酸は11カ所とされる。この主要部位がヒトと近いものはMERS-CoV感受性となると考えられる。Macaque属のサルや馬は100%一致し、ウサギ、ブタは1カ所が違うのみであるが、これらの動物は実験感染や培養細胞レベルでMERS-CoVが感染することが確認されており、自然界における宿主としての可能性は依然として残されている。ラクダにはヒトコブラクダとフタコブラクダの2種類が存在するが、フタコブラクダのDPP4におけるMERS-CoVのS蛋白質結合主要部位はヒトコブラクダと同一であり、フタコブラクダもMERS-CoV感受性である可能性が示唆されている13)。しかし、フタコブラクダの野生種の生息地域はゴビ砂漠周辺などに限られており、これまでの報告では抗体陽性のフタコブラクダは見つかっていない 9,14)

以上のようにヒトコブラクダとMERSとの関連が明らかとなり、MERS-CoVの国内侵入に備え、日本におけるヒトコブラクダの棲息状況の調査も必要であった。国内ではほとんどが動物園内で飼育されており、一部、鳥取砂丘で乗用のラクダが飼育されていた。国内では24頭前後のヒトコブラクダが飼育されていると考えられる。我々は厚生労働省健康局結核感染症課の主導のもと、日本動物園水族館協会等に協力を依頼し、うち20頭についてMERS-CoVの保有状況について調査を行うことができた。しかし、ほとんどのラクダは展示用で乗用の訓練を受けていないため、採血には高リスクの麻酔が必要であり、鼻腔、口腔ぬぐい液、糞便からのRT-PCRによるウイルス検出を主とした検査を実施した。血清は5検体が入手でき、中和試験法による抗体調査を行った。結果として、RT-PCRによるウイルス検出、中和試験いずれもすべて陰性であり、国内に飼養されているヒトコブラクダについてMERS-CoV保有の事実は認められなかった15)

ヒトコブラクダについては、動物検疫所によると過去数十年にわたり輸入の実績はないということである。これは飼育地域のほとんどが口蹄疫の流行地であるため、輸入禁止措置が取られているためである。したがって現状では、日本国内でヒトコブラクダからMERS-CoVが感染するリスク、およびMERS-CoVが侵入した場合に国内に定着するリスクは極めて低いと考えられる。フタコブラクダについては国内での棲息頭数も把握されていない。また、我々の知る限りでも2013年にオランダから輸入され、飼養されている個体が存在し、さらに輸入代行をしているペットショップも存在しているようである。現在のところ、フタコブラクダはMERS-CoV宿主として考えられていないが、フタコブラクダにおけるMERS-CoV感染能力が明らかとなれば、改めて調査が必要になる可能性がある。 


参考文献
  1. van Boheemen S, et al., MBio 3: pii: e00473-12, 2012
  2. Hemida MG, et al., Euro Surveill. 2013;18(50): 20659
  3. Alagaili AN, et al., MBio 5(2): e00884-14, 2014
  4. Hemida MG, et al., Emerg Infect Dis 20(7) , 2014
    http://dx.doi.org/10.3201/eid2007.140571
  5. Haagmans BL, et al., Lancet Infect Dis 14(2): 140-145, 2014
  6. Azhar EI, et al., N Engl J Med 370: 2499-2505, 2014
  7. Adney DR, et al., Emerg Infect Dis 20(12) , 2014
    http://dx.doi.org/10.3201/eid2012.141280
  8. Wemery U, et al., Emerg Infect Dis 21, 2015 [date cited],
    http://dx.doi.org/10.3201/eid2106.150038 
  9. Reusken C, et al., Emerg Infect Dis 20(8) , 2014
    http://dx.doi.org/10.3201/eid2008.140590
  10. Müller MA, et al., Emerg Infect Dis 20, 2014 [date cited],
    http://dx.doi.org/10.3201/eid2012.141026
  11. Raj VS, et al., Nature 495: 251-254, 2013
  12. Bosch BJ, et al., Cell Res 23: 1069-1070, 2013
  13. Wang N, et al., Cell Res 23: 986-993, 2013
  14. Chan SMS, et al., Emerg Infect Dis 21: 1269-1271, 2015
  15. Shirato K, et al., Jpn J Infect Dis 65: 256-258, 2015


国立感染症研究所ウイルス第三部 白戸憲也

 

 

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