国立感染症研究所

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MERS治療研究班の状況

(IASR Vol. 36 p. 241-242: 2015年12月号)

1.研究とその背景・目的
中東呼吸器症候群(MERS)は2012年に報告された新規コロナウイルスによる感染症であり、以後中東でサウジアラビアを中心に流行が継続しており、2015(平成27)年には韓国で1例の輸入例を発端とした医療機関中心のアウトブレイクが発生している1)。MERSの臨床像・診断法・治療法、および感染防止対策は世界的にみても知見の蓄積が不十分であり、加えて本邦では未経験の疾患である。韓国の事例からは、本邦でMERSが発生し拡散すれば、国民の健康の脅威となるのみならず国家危機管理上の問題となることが予想される。また、これまで得られた知見の多くは中東諸国からのものであり、アジアからの情報および先進国での知見も限られている。これは日本での対策を考える上で欠けている情報であり、研究事業にて収集していくべきものである。

よって本邦におけるMERS対策のための知見を集積し、その成果を日本国内で広く共有するための研究事業が必要である。そこで2015年度より厚生労働科学研究費研究 中東呼吸器症候群(MERS)等の新興再興呼吸器感染症への臨床対応法開発のための研究(H27-新興行政-指定-006)が開始された。

本邦ではMERS診療に関する診療指針はいまだ取りまとめられていないため、本研究で得られるMERSの診療に必要な知見と指針が、直接施策上の参考資料として使用可能である。また、MERSの感染防止対策についてはこれまで国内指針が定められ2)、日本環境感染学会によるMERS感染予防のための暫定的ガイダンス(2015年6月25日版)3)が作成されているが、研究の知見はMERSに関する感染防止対策の指針のさらなる検討に用いられる。また、本邦でのMERS診療は特定・一種・二種感染症指定医療機関で行われるが、本研究で得られる診療指針・感染防止対策指針は前述の感染症指定医療機関での体制構築を促進する。加えて、前線でMERS疑似症患者を最初に発見する可能性のある一般医療機関に対しても、新興再興呼吸器感染症対策の共通指針を提示することが可能である。また、MERS診療を担当する本邦の医療機関に対して、医療機関の要請に応じて国立国際医療研究センターから専門家が派遣されることとなっており、その派遣活動は本研究の直接の活動として行われる。

また、今後もMERSに類似した新興再興呼吸器感染症の発生が予測されるが、同じ呼吸器感染症であればMERS研究で蓄積された知見が診療体制構築に応用可能であり、可能な限り共通の指針として将来応用可能な形で成果を取りまとめる。

本研究では以下の5点を最終成果とする。
 ① MERSの診療に必要な知見を集積し指針を作成する。
 ②MERSの感染防止対策に資する知見を集積し指針を作成する。
 ③本邦のMERS診療体制構築(一般医療機関・感染症指定医療機関)を促進する。
 ④MERS診療を担当する本邦の医療者に診療および感染防止対策上の直接の支援を行う。
 ⑤MERS対策の知見を、今後対応が必要な新興再興呼吸器感染症への対処法に一般化させる。

初年度に、現状でのエビデンスを基にMERSの診療および感染防止対策の指針を取りまとめる。この情報は国立国際医療研究センターのウェブサイトで日英両言語での公開を行う。加えて韓国等の発生国の状況について、診療内容および感染防止対策について調査を行う。さらに、MERS患者を受け入れる感染症指定医療機関から専門家派遣の要請があれば、国立国際医療研究センターから専門家の派遣を行う。2年目には、新たに集積したエビデンスと韓国等の発生国での調査結果を基に、診療および感染防止対策の指針を改訂する。また、感染症指定医療機関への専門家派遣を継続する。

2.研究の詳細
(ア)韓国等への訪問調査
初年度:韓国でMERS診療にあたった医療機関に臨床医・感染対策専門看護師・疫学者等でチームを編成して訪問し、診療内容および感染防止対策について調査を行う。

(イ)感染防止対策の指針作成
韓国での調査結果を踏まえてMERS感染防止対策マニュアルの作成を行う。特に感染症指定医療機関ばかりでなく、MERS患者を最初に診る可能性のある一般の診療機関向けにも対策を立案し提示する。

(ウ)診断・治療の指針作成
国内の他研究班との情報交換や調整も行いつつ、本邦のMERSの診療指針をまとめる。特に感染性を有する患者に適切な集中治療を行う方法について具体的に取りまとめる。まずはMERSの指針を作成し、最終的には他の新興再興呼吸器感染症一般に通じる指針にとりまとめていく。

(エ)MERS治療研究
まずは既存のエビデンスをもとに、日本国内で承認されている薬剤を適応外使用する形での臨床研究体制を整備する。具体的には候補薬剤を既存のエビデンスをもとに選択し、プロトコルの作成まですすめる。並行して使用可能な未承認薬を探索し、有事に使用可能となる体制作りを行う。これにはプロトコルのひな形作成、緊急使用時の諸手続の整理などが含まれる。

(オ)医療体制の技術的検討
MERSは感染症法に基づく二類感染症であるため、特定・一種感染症指定医療機関だけでなく、二種指定医療機関でも診療が行われる。本研究班では特に、集中治療を安全に高い質で行うために必要とされる医療の内容についての技術的検討を行う。

(カ)患者発生時の専門家派遣
感染症指定医療機関から専門家派遣の要請があれば、国立国際医療研究センターから専門家の派遣を行う。この場合派遣された専門家は、依頼元医療機関に対する助言を行う。また、国立感染症研究所 感染症疫学センターの調査にも要請があれば協力する。 

 
参考文献
  1. 中東呼吸器症候群(MERS)のリスクアセスメント (2015年6月4日現在)
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/id/2186-disease-based/alphabet/hcov-emc/idsc/5703-mers-riskassessment-20150604.html
  2. 中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)に対する院内感染対策(2014年7月25日)
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/id/2186-disease-based/alphabet/hcov-emc/idsc/4853-mers-h7-hi.html (2015年1月5日にアクセス)
  3. MERS感染予防のための暫定的ガイダンス(2015年6月25日版)
    http://www.kankyokansen.org/common/fckeditor/editor/filemanager/connectors/php/transfer.php? file=/iinkai/uid000001_323031352D30362D32355F6D6572732E706466


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国際感染症センター 大曲貴夫

 

 

 

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