国立感染症研究所

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中東呼吸器症候群への国内対応の概要

(IASR Vol. 36 p. 242-244: 2015年12月号)

はじめに
中東呼吸器症候群(MERS)は、2012(平成24)年9月に報告されて以来、中東を中心に感染例の報告が持続している新興ウイルス感染症である。厚生労働省では、平成24年9月より、新種のコロナウイルス感染症として、都道府県等の衛生主管部局長に対して疑いのある患者の情報提供を求めてきた。

2014(平成26)年4月以降、中東諸国における感染者が急速に増加するとともに、輸入症例が世界各地において報告され、日本国内においても患者が発生する可能性が高まっていることから、平成26年7月には、MERSを感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)における指定感染症および検疫法における検疫感染症として定め、国内で患者が発生した場合に備え、当該患者に対して適切な医療を提供する体制や検疫体制を整備してきた。なお、平成26年11月、感染症法が改正されたことにより、2015(平成27)年1月21日よりMERSは二類感染症に指定されている。

世界保健機関によれば、平成27年12月4日時点で、報告患者数1,621名(うち、少なくとも584名死亡)が報告されているが、これまでにMERSの確定患者は国内で報告されていない。

韓国における中東呼吸器症候群の発生を受けた対応
平成27年5月11日に韓国においてMERSの輸入症例が発生した。患者に流行地で患者や感染動物等との明らかな接触歴がなかったこと等から診断が遅れたことおよび医療機関における院内感染対策の不徹底等から、当該輸入症例を起点として、医療従事者や同じ病棟の患者やその家族に二次感染が多数発生した。

この事例を踏まえ、厚生労働省では、同年6月1日、あらためて院内感染対策を徹底すること、MERSへの感染が疑われる患者の発生に関し迅速な情報共有を行うこと等について、都道府県等の衛生主管部局長宛に協力を要請した。

6月4日には、国内でMERSへの感染が疑われる患者が発生した場合に、行政検査、患者搬送や入院措置等の対応が迅速に行えるよう、医師が症状や接触歴等からMERSが疑われると判断した場合には、検査結果を待たずに疑似症患者として取り扱うことができること等の対応を示した。また、検疫対策について、韓国に滞在後入国する者に対し、必要に応じて、検疫法に基づく診察、検体採取、PCR検査を実施すること、14日以内に、MERSが疑われる患者を診察、看護もしくは介護していた者、MERSが疑われる患者と同居していた者またはMERSが疑われる患者の気道分泌物もしくは体液等の汚染物質に直接触れた者であって、発熱等の症状のない者について、検疫法に基づく健康監視として、最大14日間、体温その他の健康状態について報告を求めること、機内アナウンス、ポスター、検疫官による呼びかけ、リーフレット配布等により情報提供するよう努めること等について、各検疫所長宛に通知した。

6月10日、国内でMERSへの感染が疑われる患者が発生した場合、当該患者との接触状況等に応じて、入院措置等の対応を行うこととした()。また、積極的疫学調査を迅速に効率的に行えるよう、『中東呼吸器症候群(MERS)に対する積極的疫学調査実施要領(暫定版)』(国立感染症研究所作成)を都道府県等の衛生主管部局長宛に周知するとともに、地方衛生研究所での検査と並行して国立感染症研究所へも検体を送付することや地方衛生研究所のPCR検査結果が陽性だった時点で患者情報等を公表して検査を行うこととした。さらに、患者への医療提供について、患者の負担および感染拡大リスクを軽減するため、原則として当該患者が発生した都道府県内において入院医療体制が完結するよう、あらかじめ入院医療機関を確保することや、医療機関内での二次感染のリスクを最小限に抑えるため、原則として、陰圧制御可能な病室に入院させること等について、協力を要請した。

7月5日に報告された患者を最後に韓国において新規患者が報告されず、日本への感染拡大の懸念が極めて低くなったと考えられることから、9月18日、検疫対応については韓国に滞在後入国する者に対する対応を取りやめた。また、国内発生時の関係者の対応について改めて示した()。

中東呼吸器症候群(MERS)対策に関する専門家会議
MERSへの感染が疑われる患者の発生時における患者の入院措置や、積極的疫学調査等の対応を迅速に実施できるよう、都道府県等の衛生主管部局やMERSの患者の治療に当たる医師等に対して助言等を行うため、MERS対策に関する専門家による検討会議(以下「会議」という。)を設置し、第1回を6月9日に、第2回を7月17日に開催した。

第1回会議においては、国内でMERS確定患者に接触した者への対応について、接触者のうち、疑似症の要件に該当する者については、入院措置を行うこと、疑似症の要件に該当しない者については、接触の程度に応じて、健康観察、外出自粛要請等の協力を求めること、患者を受け入れるに当たっては陰圧制御可能な病室が望ましいこと、当面の間、地方衛生研究所での検査結果で陽性が出た場合、患者の発生について公表すること等について取りまとめられた。

第2回会議においては、MERSの治療について、有効性や安全性が確立された治療法は存在しないが、先行研究の報告では有用性が示唆されるものもあることから、そのような国内未承認または適応外の治療法のうち、検討が必要と考えられる治療法について、対象患者の要件や具体的な投与方法等について検討することを目的とした研究を実施すること等について取りまとめられた。現在、平成27年度新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「中東呼吸器症候群(MERS)等の新興再興呼吸器感染症への臨床対応法開発のための研究」(研究代表者:国立国際医療研究センター・大曲貴夫)において実施している(本号11ページ参照)。

都道府県におけるMERS RT-LAMP法の試用
感染が疑われる患者の早期診断への応用が期待できることから、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「感染症の診断機能向上のための研究」(研究開発代表者:国立感染症研究所・影山 努)(以下、委託研究)の一環として、RT-LAMP法の試用を行うこととし、都道府県等の衛生主管部局長宛に協力を要請した。

おわりに
7月28日に韓国政府により同国におけるMERS流行の終息が宣言され、以降新規患者の報告も認められていないが、中東においては継続的に患者が報告されている。厚生労働省は引き続き情報の収集に努めるとともに、迅速かつ的確な情報提供、水際対策、医療提供体制の整備等に万全を期していく。

 

厚生労働省健康局結核感染症課

 

 

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