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グローバルに開発が進むSE36マラリアワクチン

(IASR Vol. 39 p175-176: 2018年10月号)

ハマダラカによって媒介されるマラリアは貧困病のひとつであり, 熱帯熱マラリア原虫によるマラリアはサハラ砂漠以南のアフリカ諸国を中心に年間40万人の犠牲者をもたらしている1)。犠牲者では5歳以下の小児が60~80%を占めるといわれており, 効果的なマラリアワクチンによる小児のマラリア予防はグローバルヘルスの最大の関心事の一つである。本稿ではSE36マラリアワクチン開発のグローバルな展開について述べる。

SE36マラリアワクチンの抗原は, 熱帯熱マラリア原虫の持つSERA5遺伝子のアミノ末端側のドメインをもとに大腸菌によって発現されたSE36組換えタンパク質である。ウガンダ, およびソロモン諸島において, SE36タンパク質に対する抗体価と血中のマラリア原虫率, 発熱等の関連を調べたところ, 感染防御, 発症防御, および妊娠マラリア防御などにおいてこれらのタンパク質に対する抗体価と発症やマラリア原虫率との間に極めて強い負の相関が観察され, SE36タンパク質に対する抗体価が防御免疫と関係することが示唆された2,3)。一方, 高度流行地域においては成人においてもSE36タンパク質に対する抗体陽転率は50%以下であり, 10歳以下の小児では10%以下であった。SERA5タンパク質の遺伝子多型は極めて低く4), このことはSERA5の抗原性が低いことによるものと考えられる。さらに, 最近SERA5のSE36領域が宿主の血清タンパク質であるヴィトロネクチンと強固に結合することを発見した5)。宿主タンパク質と複合体を形成して免疫系に提示されることから流行地域ではSE36に対して免疫寛容が生じるのではないかと考えている。

2004年に一般財団法人阪大微生物病研究会観音寺研究所においてGMP準拠でBK-SE36ワクチン治験製剤が製造された。BK-SE36は精製されたSE36タンパク質と水酸化アルミニウムゲルを重量比1:10で混合して凍結乾燥標品としたものである。2005年にヒト初回投与試験として日本において第Ⅰa相臨床試験を実施した。その結果, 安全性が確認されるとともに, 半量(50μg/body)と全量(100μg/body)の両群で100%の抗体陽転が認められた3)。次に, ウガンダの規制当局の承認を得て2010年から流行地域における第Ib相臨床試験をウガンダ北部にあるLiraにおいて実施した。安全性に関しては日本における第Ⅰa相臨床試験と同様の結果が得られた。一方, マラリア感染歴のない日本人を対象とした臨床試験とは大きく異なり, ウガンダ人の成人ではSE36に対して抗体陰性の群において若干の増加はあるものの, 抗体陰性群においても陽性群においてもワクチン接種に対してほとんど抗体応答は観察されなかった6)。この現象は上述のようにたび重なるマラリア感染によってSERAタンパク質に対する免疫寛容が生じたと予想される。6~20歳の被験者について当初の目的である安全性の確認が終了したが, 合計66名のワクチン接種者が非接種者に比べてどの程度のマラリア発症/感染を軽減できるかを観察するため, ワクチン接種後365日まで臨床研究としてフォローアップ調査を行った。その結果, ワクチン接種後1年間での発症防御効果は72%(p=0.003: 95%CI 34-88%)という高い値が得られた5)

予防ワクチンは健常者に対して接種されるため, その安全評価は極めて重要である。これまでにウガンダでは6歳児まで年齢を下げたが, マラリアワクチンを必要とする流行地域の接種対象者は最もマラリアによる死亡率の高い1~5歳児である。次に, この年齢層における安全性試験のため, 2015年より西アフリカのブルキナファソにおいてBK-SE36の第Ⅰb相臨床試験を実施した。残念ながら本稿の執筆中には統計解析結果はまだ出ていないが, 予想通りマラリア感染回数の少ない幼児では高い免疫応答がみられ, また, 重度の副作用の報告はなかった。

ここまでの臨床試験結果をもとにワクチン応答者の解析で示されたワクチン誘導抗体価と感染防御の強い因果関係から, 免疫応答を増強すればより一層の感染防御効果が期待される。そこでTLR9(Toll-like receptor 9)を介して自然免疫を活性化することでアジュバント効果が期待されている非メチル化CpG配列を持つ一本鎖オリゴDNA(CpG-ODN)アジュバントを用いた剤型をBK-SE36/CpGとし, 日本における初めての核酸医薬を含むワクチンとして2013年より第Ⅰa相臨床試験を大阪大学医学部附属病院未来医療センターにおいて実施した。その結果, 安全性が確認されるとともに, 誘導抗体価の平均値はBK-SE36の約4倍に上昇した。

さらに, CpGを加えることにより流行地域住民にみられる免疫寛容を打破する可能性もあることから, 第Ib相臨床試験をブルキナファソにおいて2018年5月より開始した。本臨床試験ではまず21歳以上の成人に接種し, 安全性が確認されれば, 5~10歳児, さらに1歳児へと年齢を下げ, その安全性を確認する。BK-SE36とBK-SE36/CpGの1~5歳児での安全性と効果を検討した上でどちらかを用いた第Ⅱ/Ⅲ相臨床試験を実施して行く予定である。

 

文 献
  1. WHO Library Cataloguing-in-Publication Data Disease World Health Organization 2015
  2. Okech BA, et al., Am J Trop Med Hyg 65: 912-917, 2001
  3. Tanabe K, et al., Vaccine 30: 1583-1593, 2012
  4. Horii T, et al., Parasitol Int 59: 380-386, 2010
  5. Palacpac NMQ, et al., PLoS ONE 8: e64073, 2013
  6. Tougan T, et al., Sci Rep 8: 5052, 2018

 

大阪大学微生物病研究所
感染症研究部門分子原虫学分野
 堀井俊宏

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