国立感染症研究所

IASR-logo

ヒトスジシマカの分布域拡大について

(IASR Vol. 41 p92-93: 2020年6月号)

ヒトスジシマカは国内に広く分布し, 都市部や市街地, 住宅密集地などでは高密度に生息している。この蚊は, デング熱やジカ熱などの媒介蚊として知られており, 2014年に都内でデング熱の流行をひき起こし, 約160名もの感染者を出した1)。ヒトスジシマカの幼虫は, 住宅地や公園などでよくみられる人工容器(空き缶, 弁当や麺類などの空容器, 植木鉢の水受け皿, 雨水桝, 墓石の花立, 廃棄された家電製品, 中古タイヤなど)のほか, 自然由来の樹洞や竹の切り株など, 身の回りにある無数の小さな溜まり水から発生する。成虫は発生源周辺の木陰や藪などの薄暗い場所に潜伏し, 吸血源が近づくのを待ち伏せしているが, 吸血源が現れない場合, 別の潜伏場所へと移動を繰り返しながら吸血する機会を狙っている。ヒトスジシマカはこのような生態をもつため人々の身近におり, かつ日本に生息する蚊の中では, ヒトに病原体を媒介するリスクの最も高い種類であると言っても過言ではない。さらに, 成虫の偶発的な移動手段として, トラックや電車, 飛行機などの交通機関を利用することがある。また, 卵は乾燥状態で数カ月間の生存が可能であるため, 中古タイヤや廃棄物などに産み付けられた状態で, 発生地よりはるか遠くへ運ばれる場合がある。このような分散能力に長けたヒトスジシマカが新天地に到着し, そこで定着できるか否かの重要な要因として, 年間平均気温11℃以上という環境条件が報告されている2)

地球温暖化とともにヒトスジシマカの分布域は徐々に北上している。北限は, 1948年頃には栃木県北部であったが(), 1990年代以降の調査では, 年間平均気温が11℃以上である東北地方中央部低地から沿岸部の都市で生息が確認されるようになった。1996年頃には, 秋田県本荘市から宮城県古川市3), 2000年には秋田県能代市から岩手県一関市と東山市で確認されるようになり2), 限局的であるが着実に分布域を北方へ拡大している事実が報告されてきた。さらに, 2009~2014年にかけて岩手県内で行われた詳細な分布調査では, ヒトスジシマカが内陸から沿岸部にかけて広範囲に分布していることが明らかにされ, その北限は盛岡市にまで及んだ4)。2013年には, 青森県との県境である秋田県大館市で幼虫が採集され1), 青森県内への移入が現実味を帯びてきた。青森県では仙台検疫所青森出張所職員によって, 青森空港と青森港, 八戸港で定期的に幼虫と成虫のベクターサーベイランスが実施されてきた。2015年の青森県における年間平均気温11℃以上の地域は, 青森市内, 五所川原地域, 八戸市周辺であったが, この年に青森港と八戸港において幼虫が初めて捕獲され, 青森県への侵入が確認された5)。青森港ではそれ以降も毎年幼虫と成虫が, 八戸港では2017年に再び幼虫が確認された6-8)。また, 2017年には山間に位置する青森空港においても幼虫が確認されたことから7), ヒトスジシマカはすでに青森県内に広く分布・定着していると考えられた。これにより, 北海道以外の国内全都府県でヒトスジシマカの定着が確認されたことになる。他方, 北海道で小樽検疫所とともに行っている調査では, ヒトスジシマカの生息はこれまで確認されていない9)。しかし, 年間平均気温11℃以上の条件を満たしている函館市, 札幌市, および小樽市周辺は, 本種が定着する可能性を否定できない。今後も検疫所と連携をとり, 北海道におけるヒトスジシマカの移入・定着を注意深く監視していく必要がある。

 

参考文献
  1. 前川芳秀ほか, 衛生動物 67: 1-12, 2016
  2. Kobayashi M, et al., J Med Entomol 39: 4-11, 2002
  3. Kurihara T, et al., Med Entmol Zool 48: 73-77, 1997
  4. 佐藤卓ほか, 全国環境研会誌 40: 164-170, 2015
  5. 厚生労働省検疫所, 検疫所ベクターサーベイランスデータ報告書(2015年), 2016
  6. 厚生労働省検疫所, 検疫所ベクターサーベイランスデータ報告書(2016年), 2017
  7. 厚生労働省検疫所, 検疫所ベクターサーベイランスデータ報告書(2017年), 2018
  8. 厚生労働省検疫所, 検疫所ベクターサーベイランスデータ報告書(2018年), 2019
  9. 前川芳秀ほか, 第70回日本衛生動物学会本大会抄録 47: 2019
  10. 国立感染症研究所, デング熱・チクングニア熱・ジカウイルス感染症等の媒介蚊ヒトスジシマカの対策<緊急時の対応マニュアル>, 2019
    https://www.niid.go.jp/niid/images/ent/2019/manalbo20191024.pdf
 
 
国立感染症研究所昆虫医科学部       
 前川芳秀 比嘉由紀子 沢辺京子 葛西真治

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version