国立感染症研究所

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5年ぶりに確認された日本国内で感染したデング熱の3例

(IASR Vol. 41 p94-96: 2020年6月号)

デング熱は蚊(ネッタイシマカ, ヒトスジシマカ)によって媒介されるデングウイルスによる急性感染症である。流行地に渡航することでデングウイルスに感染し, 国内で発症する症例(輸入症例)が増加傾向にあり, 近年は輸入症例が年間200例前後報告されている。デング熱の国内流行例は, 1940年代前半に西日本において東南アジアからの輸入症例から大規模な流行に発展した例が報告されている1)。それ以降, 国内の感染報告はなかったが, 2014年8月に東京都内でヒトスジシマカを媒介としてデングウイルスに感染したと考えられる症例が確認され2), その後2カ月間で162名の国内感染例が報告された3)。この報告以降, デング熱が国内発生する可能性は想定されていたが, この5年間では国内感染例の報告はなかった。本稿は5年ぶりに確認された, 国内でデングウイルスに感染した3例に関する報告である。3例はともに東京都内の同じ学校に通う10代の男児2名, 女児1名で, 発症8日前から3日間, 京都・奈良へ修学旅行に出かけ, 同じクラスのグループとして班行動をともにしていた。

症例1

10代女児, 既往歴に特記事項なし。発症前1カ月以内の海外渡航歴はない。第1病日に発熱(39.0℃), 心窩部痛, 右季肋部痛が出現した。第3病日に食欲低下, 倦怠感が出現した。第5病日に手掌に紅斑が出現した。その後弛張熱を繰り返すため, 第7病日に近医を受診した。血液検査を施行し, 2系統(白血球, 血小板)の血球減少を認めたため, 当院に精査加療目的で紹介受診した。

症例2

10代男児, 既往歴に特記事項なし。発症前1カ月以内の海外渡航歴はない。症例1の発症から2日後に発熱(39.0℃), 倦怠感, 咽頭痛が出現した。発症3日目に発熱は持続し, 頭痛が出現したため近医を受診した。何らかのウイルス感染症と判断し帰宅した。発症4日目に運動時の右前胸部痛が出現した。発症5日目に症状の改善がみられないため, 前医を再診した。血液検査を施行し, 2系統(白血球, 血小板)の血球減少を認めたため, 当院に精査加療目的で紹介受診した。

症例1, 2が同日に当院を受診し, 問診でともに発症前に3日間京都・奈良の神社仏閣へ同じグループとして修学旅行に出かけていたこと, デング熱流行国として報告されていた中国, フィリピン, ベトナム, オーストラリアからのインバウンドが増加していたこと, ラグビーワールドカップが同時期に開催されマスギャザリングの状態にあったこと, ともに2系統の血球減少を認めていたことから, 蚊に刺された記憶は曖昧であったもののデング熱が疑われ, 検査診断が実施された。症例1は遺伝子検査においてデングウイルス2型陽性(デングウイルス1, 3, 4型, ジカウイルス, チクングニアウイルスは陰性), デングウイルスNS1抗原簡易キット陽性, デングウイルスNS1抗原(ELISA法)陽性, デングウイルス特異的IgM抗体(ELISA法)陽性であった。症例2も遺伝子検査においてデングウイルス2型陽性(デングウイルス1, 3, 4型, ジカウイルス, チクングニアウイルスは陰性), デングウイルスNS1抗原簡易キット陽性, デングウイルスNS1抗原(ELISA法)陽性, デングウイルス特異的IgM抗体(ELISA法)陽性, であった。以上と海外渡航歴がなかったことから, 症例1, 2は日本でデングウイルスに感染したと結論付けられた。

症例3

10代男児, 発症前1カ月以内の海外渡航歴はない。症例2と同日に発症し, 発熱(39.0℃), めまい, 嘔気, 関節痛が出現した。その後弛張熱が持続した。第7病日に解熱し, めまい, 嘔気, 関節痛は改善した。この時点で学校から症例1, 2は, 共に当院で精査していると連絡を受けたため, 第8病日に当院を受診した。症例3は身体所見に明らかな異常を認めず, 血液検査では血小板数のみの低下を認めた。症例1, 2と同様に蚊に刺された記憶は曖昧だったもののデング熱が疑われ, 検査診断が実施された。ウイルス遺伝子検査はすべて陰性だったが, デングウイルス特異的IgM抗体(ELISA法)陽性, デングウイルス特異的IgG抗体(ELISA法)陽性, およびペア血清においてデングウイルス2型に対する中和抗体価の有意な上昇が認められた。以上と海外渡航歴がなかったことから, 症例1, 2と同様に日本でデング熱に感染したと結論付けられた。

デング熱は前述の通り, 発熱・頭痛・筋肉痛など非特異的な症状の頻度が高く, 渡航歴とともに流行地域での蚊の刺咬歴が確認できなければ診断は困難である。さらに夏に首都圏で蚊に刺されても, 数カ所程度では病歴として気に留められる可能性は低く, デング熱の診断に結び付けることは困難である。実際に本3症例においても, 蚊の刺咬歴が確認できなかった。一般に診察したことのない疾患を鑑別診断に挙げることは困難である。当院では過去5年間に5例のデング熱診療歴があったが, 小児のデング熱診療歴は0例であった。

今後もデング熱が国内発生する可能性は十分に考えられる。ヒトスジシマカの活動期に発熱, 頭痛, 筋肉痛などを主訴とする患者を診察した場合, 感染巣が不明であれば末梢血の血球算定検査を確認し, 白血球・血小板数の減少を認めれば, 海外渡航歴や蚊の刺咬歴が明らかでない場合でもデング熱を鑑別診断に加える必要がある。デング熱の診断に至らない場合には, 熱源検索目的のCT検査や血球減少の精査のための骨髄検査など, 侵襲性の高い検査が施行される可能性がある。一症例の診療に限らず, 公衆衛生的な観点から一般医療機関において早期に適切な診断を行えることが望ましい。

 

引用文献
  1. 小林睦生ら, IASR 25: 35-36, 2004
  2. 厚生労働省結核感染症課, デング熱の国内感染症例について(第1報)2014/8/27
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/693-disease-based/ta/dengue/idsc/iasr-news/5268-pr4191.html(Accessed 2020/4/24)
  3. 厚生労働省結核感染症課, デング熱の国内感染症例について(第38報)2014/10/31
    https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000063557.html(Accessed 2020/4/1)
 
 
日本大学医学部小児科学系小児科学教室
 西村光司 金澤剛二 森岡一朗   
国立感染症研究所ウイルス第一部   
 林 昌宏 田島 茂 前木孝洋 中山絵里 谷口 怜 西條政幸

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