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那覇市内での感染が疑われたデング出血熱事例について

(IASR Vol. 41 p96-97: 2020年6月号)

2019年9月に, 海外渡航歴はあるものの, 潜伏期間や疫学調査より那覇市内での感染例と推定されたデング出血熱患者が発生したので, その概要について報告する。

準備期

2014年に約70年ぶりに国内感染が認められたデング熱の予防対策を推進するため, 翌2015年に「蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針」が策定された。那覇市は, この指針に基づき, 2017年に「那覇市蚊媒介感染症対策行動計画」(市行動計画)を策定した。2019年7月4日, 那覇市内でこの年初めてのデング熱輸入症例が確認された。沖縄県では3例目であった。この年, 沖縄県の近隣諸国では例年以上のデング熱流行が報告されていた。沖縄県でも輸入症例の増加に伴う県内発生のリスクが高まっていたことから, 那覇市の関係部署の間で市行動計画の内容について再確認していた。

症 例

市中感染が疑われた症例(症例X)は70代女性。2019年8月16~26日, 同居家族(初発患者)とともにネパールへ旅行。9月15日(帰国後20日目)に発熱出現(発疹無し)。17日近医にてデング熱疑いと診断。18日当保健所の検査結果:NS1抗原陽性, IgM陰性, IgG陰性よりデング熱と診断。腹痛, 下痢, タール便, 吐血等出血傾向がみられたため, 翌19日入院。20日, 沖縄県衛生環境研究所(県衛研)の遺伝子検査でデングウイルス2型と判明。また, 血小板減少(最低値2万/μl)および低蛋白血症を認めたため, デング出血熱と診断。その後, 30日に軽快退院。

初発患者は, 8月30日(帰国後4日目)発熱。9月3日より発疹, 下痢出現。6日, 近医にてデング熱が疑われ, 当保健所の検査結果:NS1抗原陽性, IgM強陽性, IgG陽性よりデング熱と診断。血清学的に診断が確定したため遺伝子検査は実施せず。デング熱輸入症例として, 電話による聴き取り調査, 防蚊対策等の保健指導を実施し対応終了。

那覇市の対応

9月18日に疫学調査担当と蚊駆除担当である本市環境部環境衛生課と合同で自宅訪問した。環境調査の結果, 自宅屋内外に蚊が多く飛んでいるのが目視された。庭を中心に置かれていた水鉢9鉢にも蚊の幼虫が確認された。緊急的に水鉢と自宅周辺の側溝を中心にピリプロキシフェンを投入し, 幼虫駆除を実施した。聴き取り調査の結果, 症例Xおよび初発患者ともに, 海外渡航時および帰国後においても蚊の刺咬歴は不明であったが, 帰国後, 防蚊対策は行っていなかったことが判明した。疫学調査の結果, 自宅および自宅周辺がリスク地点と推定した。半径100メートル範囲内に小学校およびこども園があったため, 本市学校教育課, こども教育保育課および自治会を所管するまちづくり協働推進課や環境衛生課等関連部署と緊急会議を実施。市行動計画に基づき, 蚊の駆除を実施することを決定した。翌19日, 成虫蚊駆除としてフェニトロチオン散布を実施。県衛研による緊急蚊捕獲調査も実施されたが, 台風17号の影響で十分な数が捕獲されなかった。同夜には, 国立感染症研究所(感染研)感染症疫学センターのスタッフとともに, 地域住民および小学校等の保護者向け説明会を実施し, ①市中感染が疑われるデング熱患者発生, ②防蚊対策, ③今後の蚊の駆除予定, について協力と理解を求めた。

9月20日にマスコミ発表1)および医療機関宛に通知。市民に対して注意喚起と防蚊対策を依頼。医療機関に対しては市中感染例が疑われた場合の早期診断について協力を依頼した。台風のため順延されていた2回目の成虫蚊駆除を23日に実施。26, 27日には, 河川を管理する沖縄県が自宅周辺河川沿いの下草刈りを実施した。10月3日に, 感染研昆虫医科学部および県衛研の協力の下, 蚊のウイルス保有調査を実施。リスク地点半径100m範囲の18区画51カ所より雌のヒトスジシマカ37匹が捕獲されたが, デングウイルスは検出されなかった。10月4日には3回目の成虫蚊駆除を実施した。

その後, 市内医療機関から3例の疑い例の報告があったが, 検査の結果, すべて陰性であった。症例Xに関連したデング熱の発生はなく, 症例Xの発症日から50日程度経過した11月5日に終息宣言2)を行った。

考 察

症例Xの発症日は帰国後20日目であり, デングウイルスの潜伏期最長14日より長かった。ネパールでの行動歴と服装から, 症例Xが現地で蚊に刺されるリスクは初発患者よりも低いと推定された。症例Xの自宅周辺は草木が茂る河川沿いで, 庭には水鉢など蚊の幼虫の発生源が多く, 屋内外に蚊が飛んでおり, 日常的に蚊に刺されることが容易に推測される環境であった。2人とも帰国後防蚊対策をしておらず, 症例Xは庭の手入れを毎朝夕に行っており, 蚊に刺されるリスクが高かった。以上より, 症例Xは自宅周辺を推定感染地とする市中感染例と考えられた。なお, 性行為感染は否定的であった。

市中感染に至った要因として, 初発患者探知時の調査不足が挙げられる。まず, 初発患者の防蚊対策についての理解度調査が不十分であった。次に, 自宅が川沿いの庭付き戸建てであることから, 蚊の発生状況について調査するべきであったが, リスク評価をすることなく電話による保健指導のみで終了していた。初発患者探知時に理解度調査と自宅環境調査を実施し, 十分な指導を実施していたら, 市内で発生したと思われる症例Xの発生は防げていた可能性は高い。

一方で, 2017年に市行動計画を策定していたため, 本事例発生後は, 速やかに関連部署と連携し, 迅速かつ適切に蚊の駆除等を実施でき, その後のデング熱感染拡大を抑えることができた。また, 地区自治会長および学校長等の協力を得ながら住民説明会を実施したことで, 地域住民の十分な理解が得られ, 苦情, 混乱等はなかった。具体的な対応については感染研の手引き3)とマニュアル4)が参考になった。

国内感染例を防ぐには, 平常時から輸入症例1例1例に対する適切な初動対応と, 関係部署との顔の見える準備と連携が重要である。

謝辞

本事例の調査にご協力いただいた沖縄県衛生環境研究所, 国立感染症研究所感染症疫学センター, 昆虫医科学部, ウイルス第一部の皆様に深謝致します。

 

参考文献
  1. 那覇市プレスリリース・デング出血熱患者発生について(2019年9月20日)
    https://www.city.naha.okinawa.jp/nahahokenjyo/kansensyou/hassei/dengu_ever_20190920.files/R010920_dengufever_houdou.pdf
  2. デング熱感染症の終息について(2019年11月5日)
    https://www.city.naha.okinawa.jp/nahahokenjyo/kansensyou/hassei/dengu_ever_20190920.html
  3. デング熱・チクングニア等蚊媒介感染症の対応・策手引き 地方公共団体向け(2017年4月28日改訂)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/dengue/DENCHIKFClincGuide20170428.pdf
  4. デング熱・チクングニア熱・ジカウイルス感染症等の媒介蚊ヒトスジシマカの対策<緊急時の対応マニュアル>(2019年10月24日改訂)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/ent/2019/manalbo20191024.pdf
 
 
那覇市保健所           
 安藤美恵(現・沖縄協同病院) 速水貴弘 瑞慶山躍司 金城早紀
 喜納園絵(現・市民税課) 安田弥耶子 中村裕子 国吉真永
 仲宗根 正 東 朝幸      
那覇市環境部環境衛生課      
 儀間常伸 真栄城敬一 屋比久孟功 比嘉博文(現・ちゃーがんじゅう課)

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