IASR-logo

早期診断率に基づく日本国内HIV感染者数の推定

(IASR Vol. 41 p177: 2020年10月号)

HIV感染拡大防止に向け, 精度の高い動向把握は極めて重要である。HIV感染後の早期診断・早期治療は感染者個人の病態進行阻止に結びつくだけでなく, 新たな感染を防止する効果(treatment as prevention)があることから, 検査・診断数のみならず治療についても国内の状況を数値化し評価することが現在, 世界的に重要な予防戦略の1つとなっている。この検査から治療成績までの一連およびその評価をHIVケアカスケードと呼ぶ。2014年UNAIDS(国連合同エイズ計画)は具体的な達成目標として, 未診断者を含むHIV感染者を100とした場合, 診断に結びつく人の割合(診断率), 診断後に治療を受ける割合(治療率), さらに治療により血中ウイルス量が抑制される割合(治療成功率)の各数値を90%以上とし, 新規感染者の発生を抑制するという90-90-90戦略を発表した。上記3項目のうち, 日本国内では特に診断率が90%に達していない可能性が高いことが指摘されている。我々は地域別調査の実施により早期診断率を評価するとともに, 実際に調査から得られた早期診断率を指標として2006~2015年の日本国内HIV発生数(incidence)を推定したので, 本稿で紹介する1)

2006年以降, 日本国内でHIV感染を診断され, エイズ発生動向調査に報告された年間報告数は1,500件前後で推移し, 2015年末までの10年間で累計14,959件が報告された。このうち, 東京都から4,765件, 大阪府から2,147件, 福岡県から538件の報告があり, この3都府県の報告数は全国の約半数(14,959件中7,450件, 49.8%)を占めた。新規報告数のうち診断時すでにAIDS指標疾患を発症していた報告数の割合(AIDS患者比)は東京都で20%であったのに対し, 大阪府で25%, 福岡県で34%であった。

次に早期診断者の割合を評価するため, HIV incidence assayを行った。HIV incidence assayは特定の抗HIV抗体量が感染期間に応じて変動することを応用し, HIV感染後半年以内の感染者を同定することが可能である。日本では大規模調査は実施されていないものの, 諸外国では動向把握の重要な手段の一つとしてNational surveillanceに組み込まれている2,3)。我々は2006年以降に東京都, 大阪府, 福岡県のHIV行政検査においてHIV陽性が確定した検体を対象にHIV incidence assayを行い, 新規HIV陽性確定数に占める早期診断者の割合を2年ごとに評価した。本研究では, 抗HIV抗体陽性かつHIV incidence assay陽性, もしくは抗HIV抗体陰性かつHIV核酸増幅検査陽性であったHIV陽性検体数を早期診断者と定義した。2006年以降, 東京都の早期診断率は平均38.6%(95%信頼区間:32.5-44.8%)であるのに対し, 大阪府は30.1%(24.9-35.3%), 福岡県は20.4%(16.7-24.0%)であった。さらに東京都と福岡県の早期診断率に明らかな増減傾向はなかったのに対し, 大阪府では2008年以降減少傾向が認められたことから, いずれの地域においても2006年以降の早期診断率は改善していないことが示唆された。

地域別調査により得られた早期診断率と, エイズ発生動向調査より算出したAIDS患者比を基に, HIV感染から診断に至るまでの期間に関する確率密度分布を定義し, この分布をエイズ発生動向報告数に外挿し, 逆算法により2006年以降のHIV感染者数を推定した。結果の概要をに示した。2015年までの東京都の推定HIV感染者は4,990人, 大阪府は2,387人, 福岡県は760人であり, このうち2015年末時点での未診断者数は東京都で895人, 大阪府で537人, 福岡県で289人であった。さらにこれまでの結果から各都府県の早期診断率とAIDS患者比が逆相関すること, かつ東京都を除く地域と福岡県のAIDS患者比はともに34%であることから, 福岡県の早期診断率を東京都以外の地域の報告数に外挿しHIV感染者数を逆算した。東京都と東京都以外の地域の推計値の合計を日本全国の推定値とすると, 2006~2015年の日本国内新規HIV感染者数は16,294件であり, このうち2015年末時点での未診断者は4,495人(28%)であった。本研究では死亡者数, 海外転居数を考慮していない。しかし2015年末時点の累計報告数が26,000件であることから, 2015年末時点での国内未診断率は少なくとも15%以上[(4,500/(4,500+26,000−海外転居者数等)]であり, 日本においては診断率が90%に達していないことが示唆された。

本研究は国立感染症研究所, 東京都健康安全研究センター, 大阪健康安全基盤研究所, 福岡市保健環境研究所, 福岡県保健環境研究所の共同研究として実施した。研究にご協力いただいた先生方にこの場をお借りし深謝申し上げます。

 

参考文献
  1. Matsuoka S, et al., Prev Med Rep 16: 100994, 2019
  2. Public Health England, HIV in the United Kingdom: Toward zero transitions by 2030, 2019 Report
  3. UNAIDS/WHO working group on global HIV/AIDS and STI surveillance, Estimating HIV incidence using HIV case surveillance, 2017
 
 
国立感染症研究所      
エイズ研究センター 松岡佐織

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan