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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下の社会活動

(IASR Vol. 41 p180-181: 2020年10月号)

ぷれいす東京は, HIV感染を不安に思う人たちの相談を年間に4,000件, HIV陽性者たちからの相談を2,300件ほど受けている。HIV陽性者とそのパートナー・家族のミーティングには, 年間延べ1,000人ほどが参加している。2020年4月7日にCOVID-19に対する緊急事態宣言が発令され, 4月16日には対象を全国に拡大した。5月25日には首都圏1都3県と北海道の緊急事態宣言が解除され, およそ1カ月半ぶりに全国で解除されることになった。そうした中, HIVとCOVID-19関連の相談が様々な形で寄せられた。その経験をここで共有させていただきたい。

1)「HIV感染不安相談」への相談

電話相談には, 「HIV検査を受けたいが保健所で検査提供していない。どこで受けられるのか」という相談が多数寄せられた。全国の保健所でCOVID-19への対応が最重要課題となり, 通常のHIV検査が休止となったり, HIV検査月間のイベントが中止になったりした。東京都ではHIV検査は東京都南新宿検査・相談室, 東京都多摩地域検査・相談室は運営されていたが, 23区の保健所の多くがHIV検査を休止していた。
 こうした状況下で, 感染不安の電話相談には, HIV検査機会がなくなっているという相談や, テレビでSARS-CoV-2のPCR検査の精度についての話を聞き, HIV検査でも精度が悪いのかという, 検査の信頼性に疑問を覚えるという声が寄せられた。

2)HIV陽性者等のためのミーティング

2月後半から陽性者を対象にしたピア・ミーティングはCOVID-19予防の観点から, 参加者数の多いミーティングは中止, 少ないミーティングはソーシャル・ディスタンスを取り開催していた。しかし, 4月からは, 対面でのミーティングは原則, 中止している。
 代替手段としてオンラインでのミーティングを開催したのだが, 遠方からでも参加できるなど, 意外なメリットがわかった。一方, 「感染してから半年以内の陽性者のためのミーティング」のように, できればリアルで開催したいがやむをえずオンライン開催に踏み切ったもの, オンラインでは開催が難しいミーティングもあった。

3)HIV陽性者とそのパートナー, 家族向けの相談サービスの提供

フリーダイヤルの電話相談は従前通りで実施。相談には, HIV陽性者はコロナに感染し, 重症化しやすいのかという相談が, 本人よりむしろ周囲の人から寄せられた。また, 拠点病院への通院を控えるべきかといった相談や, 3カ月に1度の通院が電話診療になったという報告, さらには「半年も血液検査をしないことになるので, 心配だ」といった声も聞かれた。
 対面相談も感染予防を徹底して実施しているが, 相談数は減少している。しかし, 職を失い, 家を無くした陽性者など, より深刻な相談が寄せられていた。そして, もう1つ増加しているのが, 外国籍の陽性者からの相談だ。
 最初は, 2020年1月末~2月上旬, 日本に旅行中の中国人HIV陽性者からの相談が数件寄せられた。上海と湖北省などの旅行者たちからであった。

母国の空港が閉鎖され, 飛行機がキャンセルになるなどの状況で, 手持ちの抗HIV薬が足りなくなったという相談であった。中には過去に日本に定住し, 現在は中国に帰国しているHIV陽性者が現地の主治医から, 「自分の患者が日本を旅行中で, 飛行機が飛ばずに薬が不足し困っている。相談先を教えて欲しい」と依頼され, 主治医からの情報で連絡してきた事例もあった。関西で旅行中の相談者には, 自費で抗HIV薬を薬価ベースで処方してくれる医療機関を探して紹介したのだが, 湖北省からの来日で, 武漢空港を利用していたため, 受診の受け入れが難しいという医療機関もあった。

3月に入ってからは, 大きく様子が変わってきた。各国が入国制限を始めたことで, 日本国内で就労, 就学しているなどの定住者たちからの相談が, アジア諸国, 欧米出身者からと地域が広がり, 数も増加した。話しを聞くと, これまでは, 数カ月~半年に一度, 母国に戻り, 無料で抗HIV薬を調達していたという。

日本というCOVID-19流行国から母国に帰国すると, 2週間の待機が求められる。飛行機さえ飛んでいない事例もあった。仮に帰国したとしても, 日本への帰路において2週間の待機, 公共交通機関を使わない移動を要請される。こうした状況で, 母国に帰り抗HIV薬を調達するのは, かなりの時間と労力が必要になり, 日本に戻れるかも不明で, 日本での定住生活への影響も大きく, どうしたらいいかという相談であった。

日本の健康保険, 福祉制度の案内をしつつ, 既に加入している会社の健康保険, 国民健康保険, 福祉制度などを利用することを案内して, どうしたら安定して働き/勉強を続けられるかを一緒に考えた。また, HIV陽性が判明した当時の状況などを聞き, 必要に応じて母国から初診時のデータを取り寄せてもらった。電話やメールだけでは対応してくれない医療機関もあり, 母国の家族や知人に動いてもらった人たちもいた。

抗HIV薬は薬価ベースで月に20万円前後する。健康保険に加入している場合でも, 3割の自己負担金は約6-7万円になる。医療費の助成を受けるためには, 障害認定を受けることが必要になる。しかし, 障害認定の要件が, 海外で陽性が判明し, すでに治療を開始している人たちを想定していないため, 不都合が生じている。諸外国の中には, 陽性と判明したら即治療を開始する国も存在し, 4週のうちに数値が回復してしまう例もあり, 要件を満たすのが難しい事例もある。

数年前, 日本エイズ学会は, 厚生労働省に身体障害認定の基準の改訂を要望している。また, 2017年7月には, ぷれいす東京は日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス(JaNP+)とともに, 副大臣宛に「ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害の認定基準に関する要望書」を提出している。このCOVID-19流行下で, 再び, 障害認定基準に関する課題が表面化している。

4)地域の中での取り組み

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の出現とともに, HIVの予防啓発もそれを踏まえて考えていく必要に迫られている。海外の性交渉とCOVID-19に関する文献を翻訳し, webにアップしたところ, かなりのアクセスが寄せられた。また, 新宿2丁目には数百軒のゲイバーが密集している。このバー経営者, 運営者たちがコロナ対策に乗り出した。MSM(men who have sex with men)を対象にしたコミュニティセンターaktaが中心となり情報発信を行っており, ぷれいす東京も協力をしている。

SARS-CoV-2と、ともに生きていくために, 新たな取り組みにチャレンジする機会が増えている。これをきっかけとして, 前向きに組織やサービスのあり方を見直しているただ中にある。数年後には, こうした努力がより成熟したサービスにつながっていると信じたい。

 
 
(認定)特定非営利活動法人
ぷれいす東京      
 代表 生島 嗣

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