国立感染症研究所

IASR-logo

大腸菌の血清型別PCR法・続報(非定型O血清群の分類)

(IASR Vol. 42 p94-95: 2021年5月号)

 
非定型血清型とは

 2020年5月号のIASR「大腸菌の血清型別PCR法:https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2519-related-articles/related-articles-483/9625-483r01.html」で解説したように, ほぼすべての定型血清型(O1からO188までのO血清群とH1からH56までのH型)は抗原コード遺伝子の塩基配列の違いによって識別することができ, それぞれを判定できるPCR法(E. coli Og-/Hg-typing PCR:https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/EHEC20190920.pdf)や, 全ゲノム配列を用いた相同性検索Webサイト(SerotypeFinder: https://cge.cbs.dtu.dk/services/SerotypeFinder/)が開発され, 調査や研究に利用されている。一方で, 完全タイピング用の抗血清セットや, 上述した抗原コード遺伝子を標的とした網羅的判定手法を用いても型別することができない(非定型血清型)大腸菌株が存在する。このような分離株は型別不能〔抗血清凝集試験ではO血清群UT(OUT)/H抗原UT(HUT), 遺伝学的手法ではOgUT/HgUT〕な一群として扱われてきた。

非定型血清型EHEC

 国立感染症研究所から報告された資料(https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2020/5/483s01.gif)によると, 2019年に感染者から分離された腸管出血性大腸菌(EHEC)1,784件のうち, 107件(6%)はOUTと判定され, その一部は血便由来の4件と溶血性尿毒症症候群(HUS)由来の1件を含む複数の有症事例と関連があった。毎年一定の割合で報告される, これら非定型な一群の疫学調査や分子疫学解析を効果的に進めるためには, 一群内でのクローンの構成を理解する必要があった。近年のゲノム研究から, 非定型O血清群株の多くは, 既報配列とは明らかに異なる新規のO抗原コード遺伝子群を保有しているか, 遺伝子群の全体または一部を欠損していることが明らかとなり, 前者は定型O血清群とは異なる構造のO抗原を発現しているものと予想された。我々を含む複数の研究グループでは大腸菌のO抗原コード遺伝子群に注目した研究を行っており, これまでに病原性または非病原性大腸菌より60種類を超える新規のO抗原コード遺伝子群が確認されている。

抗原コード遺伝子を標的とした分類

 我々の研究グループでは, 自他で決定したO抗原コード遺伝子群の配列情報を収集して遺伝子型(Og型)を整理し, EHECに関連するOgN8やOgX18などを含む33種類の非定型Og型を特異的に検出できるPCRプライマーペアと, それらすべてを含む5種類のマルチプレックスPCRキット(MP-21からMP-25)を開発した1)。これにより, これまで抗血清による凝集試験では型別できなかった非定型O血清群の多くを, O抗原コード遺伝子群の特徴に基づいて細分類することが可能となった。

牛由来EHECを用いた網羅的Og-typing PCR法の評価

 国内の健康な牛から, 亜テルル酸塩による選択性を使わずに分離したEHEC(366株)のOg型を, 定型と非定型を対象とした網羅的Og-typing PCRキット(それぞれ, MP-1からMP-20とMP-21からMP-25)を用いて検査したところ, 60種類のOg型が確認された(2)。O157やO26などの臨床的に重要なO血清群株も確認される一方で, 全体の約26%(96株)は13種類の非定型Og型(デュアル型を含む)に分類された。型別不能となったのは1株のみで, ゲノム解析によりO抗原コード遺伝子群の大半を欠損していることが明らかとなった。非定型なEHECに対する本法の高い対応性が評価されたことから, ヒトや食品から分離されるEHECの詳細な調査等に利用できるものと期待された。

 
参考文献
  1. Iguchi A, et al., J Clin Microbiol 58(11): e01493-20, 2020
  2. Huong NTT, et al., J Clin Microbiol(published online ahead of print), 2020 Dec

 
宮崎大学農学部
 井口 純 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version