宮崎県で発生した新型コロナウイルスのクラスターにおける分子疫学調査
(IASR Vol. 42 p139-141: 2021年7月号)
はじめに
宮崎県では2020年3月4日に新型コロナウイルス感染症患者が初めて確認され, 2021年5月31日までに3,025例の検査陽性例が報告されている。今回, 2021年2月末までに報告された1,947例のうち196例について, 国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター(病原体ゲノム解析研究センター)に陽性検体を提出し, その解析結果から宮崎県単独のハプロタイプ・ネットワーク図を作成した。さらに, ネットワーク図と積極的疫学調査で得られた疫学情報を照らし合わせることで, 若干の知見が得られたので報告する。
対 象
(1) 2020年3月~2021年2月までに宮崎県で発生した事例のうち, 宮崎県8保健所および宮崎市保健所管轄から収集され, 病原体ゲノム解析研究センターで解析できたCt値32未満の196検体
(2) Ct値が高い等の理由により, 病原体ゲノム解析研究センターで解析できなかった事例および検体未提出である事例のうち, 疫学情報から同一クラスターもしくは同一グループに属すると推定される240事例
なお, 2020年11月~2021年2月までの第3波に関しては, クラスター事例のみを対象とした。
方 法
病原体ゲノム解析研究センターで解析できた196検体について, ハプロタイプ・ネットワーク図を作成した。また, 解析は実施していないが, 疫学情報から同一クラスターもしくは同一グループに属すると推定される事例も同じゲノム・クラスター群として数に含めた(図1)。さらに, ネットワーク図における各ゲノム・クラスター群の構成要素について疫学情報を基に調査を行った(図2)。
結果および考察
2020年3~4月の第1波は主にPangolin系統B.1.1, 2020年7~9月の第2波は主にB.1.1.284, 2020年11月~2021年2月の第3波はB.1.1.214のみに属しており1), 大きくA-Iの9つのクラスターに分類された。
クラスターA, Bは別々の保健所管内で発生した接待を伴う飲食店関連事例で, いずれも感染経路不明者が他のクラスターに比べ多く含まれており, 行政の介入による積極的疫学調査が重要であると考えられた。また, クラスターB内①の矢印は, 管轄保健所関係からクラスターAに属すると思われていたが, ネットワーク図ではBに属しており, ゲノム解析の有用性を確認できた。
クラスターC, Dはスポーツ施設, クラスターEは高齢者関連施設で, いずれも同じ保健所管内で同じ時期に発生していたことから, ゲノム情報と一致して関連性が高い可能性が示唆された。
クラスターFはカラオケ関連事例で, 探知後にクラスターGの教育・保育施設で発生が認められたため, ゲノム情報からの推測ではあるが, カラオケクラスターから感染が拡大したものと考えられた。
クラスターA内②の矢印とクラスターEは高齢者施設, クラスターGとIは教育・保育施設で, いずれもネットワーク図の末端に位置しており, 高齢者施設や教育・保育施設はクラスターが発生しやすく規模が大きくなりやすいものの, そこから感染が拡大するリスクは低いものと推測された。また, これらの高齢者施設クラスター発生前には接待を伴う飲食, スポーツ施設関係, カラオケ等のクラスターが先に探知され, ゲノム情報が示すネットワーク図から, 感染拡大防止のためには, これら施設に感染が拡がる前にいかに行政が介入していくかに加え, 疫学情報の充実が望まれる。
今回の調査で, 発端者が医療機関を受診して陽性とされた事例では, 各ゲノム・クラスター群の構成要素が正確に反映されていないものもあり, 疫学情報の収集に課題があると考えられた。また, 当所が収集した疫学情報も不足している部分が多く, 関連性が不明な部分もあったことから, 各保健所との緊密な連携と情報共有も重要だと思われた。
おわりに
クラスター発生時には保健所の業務が逼迫することとなり, 積極的疫学調査が困難になることがある。ゲノム解析を実施することで得られる知見も多く, 保健所が実施する積極的疫学調査の補助にもなると考えられることから, 今後も引き続き調査を進めたいと考えている。
今回, 主にクラスターを中心に調査を実施したが, 自施設で散発事例も含めて調査することで, 迅速に, より多くの検体を解析することが可能になると考えられた。また, 変異株の出現に伴う医療現場の逼迫も問題になっていることから, 迅速な変異株の探知の観点からもゲノム解析が重要になると考えられる。
引用文献