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SARS-CoV-2検出法(感染研法)の現状と変異ウイルス(variant of concern, VOC)への対応力

(IASR Vol. 42 p143-145: 2021年7月号)

 

 重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の検出はリアルタイムRT-PCR法を用いることが主流である。現在, 国立感染症研究所のSARS-CoV-2遺伝子検出・ウイルス分離マニュアル(Ver.1.1)として, N2セットおよびS2セットによる検出法がウェブサイトで公開されている(https://www.niid.go.jp/niid/ja/lab-manual-m/10032-sars-cov-ref2.html)。リアルタイムRT-PCR法による検出法の性能を維持するためには, 用いているプライマー/プローブ配列におけるミスマッチの発生状況を調べ, ミスマッチが生じている場合は, それの検出感度への影響を評価することが重要である。SARS-CoV-2の遺伝子配列情報は公的データベースであるGISAID(Global Initiative on Sharing Avian Influenza Data, https://www.gisaid.org)に集約されている。我々はGISAIDに登録済みのデータを利用してミスマッチ検索を行っている1)。GISAIDは各国の研究者から任意に配列情報が登録される。従って, 各国の解析レベルの差が登録数に反映され, 登録数とその由来国に著しい偏りがある。そのため登録データにおけるミスマッチ存在比率が, そのまま世界における存在比率を示しているわけではないことに注意が必要である。配列を検索する際は, 高品質な配列を得るため「complete」, 「high coverage」, 「low coverage ecxl」のチェックボックスをチェックし, 宿主が「Human」の配列を集めることにしている。得られた配列は, オンラインソフトのMAFFT(version 7, https://mafft.cbrc.jp/alignment/server/add_fragments.html?frommanual2)を用いてWuhan-Hu-1(GenBank: MN908947)の配列とアライメントを作成し, SEQUENCHERソフトウェア(Gene Codes, Ann Arbor, MI)を用いてミスマッチを分析している。

 2020年末~2021年初めにかけて, SARS-CoV-2の変異ウイルスが世界的に出現し始めた。特に重要な変異はvariant of concern(VOC)と呼ばれるが, 国や団体等それぞれで認定が異なる。本稿執筆時点(2021年5月)では, GISAIDの登録上は4種がVOCとなっている。アルファ株(B.1.1.7系統, GRY/VOC202012/01)は, 2020年11月に英国で出現し, 急速に世界に広がっている3)。ベータ株(B.1.351系統, GH/N501Y.V2)は, 南アフリカでVOC202012/02とは関係なく独立して出現した4)。またガンマ株(P.1系統, GR/N501Y.V3)は, 日本の羽田空港の検疫所でブラジル人旅行者から検出された5)。これら3つのVOCの特徴はスパイク(S)タンパク質の501番目のアミノ酸がNからYに置換されていることで, 感染力を増加させると考えられている6)。またベータ株およびガンマ株は, Sタンパク質の484番目のアミノ酸がEからKに置換しており, 患者やワクチン接種者から採取した血清で中和活性の低下がみられた7,8)。さらにインドでは, Sタンパク質の452番目のアミノ酸にLからRへの置換を持つデルタ株(B1.617系統, G/L452R.V3)が初めて検出され9), この変異によってウイルスの感染力や宿主の免疫回避能力が高まる可能性が指摘されている10,11)。本稿では特にこれらVOCにおけるミスマッチに注目し, N2セットおよびS2セットのプライマー/プローブにおける登録数の多い(400以上)ミスマッチの種類とその位置, 感度への影響を表1に, それらの存在率を表2に示した。

 すべてのデータではN2セットでは2.49%, S2セットでは1.83%のミスマッチがみられた(表1)。ミスマッチの増幅効率への影響は, 変異を導入した合成RNAテンプレートを作製して評価を行った。検出感度に影響のあるミスマッチはN2F_C20T, N2F_C13T, N2F_G16A, SF1_T18Cであり, 分析感度が10-20倍低下したが, その他は10コピー以下の検出感度を維持できており, 検出効率への影響は特にないと考えられる(表1)。

 N2F_20Tの登録国のトップは香港(24.2%)であり, 香港からの登録全体(1,758配列)の37%を占めていた(表2)。VOCにおけるN2F_20Tのミスマッチ率は低いものの, N2セットを用いた香港由来の検体の検出には, 特に注意が必要であることが示唆された。しかし検出感度に影響するN2F_G16A, SF1_T18CもVOCでは存在率が低いことが示された。N501Yを含む3種のVOCにおけるミスマッチ存在率は, 全体のデータと比較して低いと言えた。唯一, N2Rver3_G11Tの存在率はB1.1.7変異体で0.68%と全データの0.52%よりも高かったが, N2セットの検出感度への影響はなかった。一方, SR3_G8Cのミスマッチの割合が高いことは, デルタ株のVOCで特徴的と思われる。SR3_G8Cのミスマッチの半数以上がインドから登録されており, インドが登録した全配列の22.3%(287/1,228)を占め, デルタ株のミスマッチの17%を占めていた。しかしこのミスマッチは検出感度に影響がなく, S2セットがデルタ株の検出に有効であることを示唆している。

 N501Yを含むVOCの登録が今年に入ってから急増し, 現時点(2021年5月)では日々の登録の大半がアルファ株であり, 主流のSARS-CoV-2集団がN501Yを含むVOCにとって代わったことを示している。さらにデルタ株がアルファ株にとって代わる予測もあり, 今後はこれらVOCの登録配列におけるミスマッチを継続して評価していくことが重要である。

 

引用文献
  1. Shirato K, et al., Jpn J Infect Dis, 2021 DOI:10.7883/yoken.JJID.2020.1079
  2. Katoh K, et al., Brief Bioinform 20: 1160-1166, 2019
  3. Davies NG, et al., Science 2021, DOI: 10.1126/science.abg3055
  4. Tegally H, et al., medRxiv, 2020, doi:
    https://doi.org/10.1101/2020.12.21.20248640
  5. NIID J, Brief report: New Variant Strain of SARS-CoV-2 Identified in Travelers from Brazil
    https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/covid19-33-en-210112.pdf(Accessed 9 Mar 2021)
  6. Leung K, et al., Euro Surveill 26, 2021
  7. Jangra S, et al., medRxiv, 2021, doi:
    https://doi.org/10.1101/2021.01.26.21250543
  8. Wang Z, et al., Nature 592: 616-622, 2021
  9. Latif AA, et al., India Mutation Report
    https://outbreak.info/location-reports?loc=IND(Accessed 26 May 2021)
  10. Tchesnokova V, et al., bioRxiv, 2021, doi:
    https://doi.org/10.1101/2021.02.22.432189
  11. Yadav PD, et al., Clin Infect Dis, 2021, doi:
    https://doi.org/10.1093/cid/ciab411

国立感染症研究所ウイルス第三部第五室
 白戸憲也   

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