WHO西太平洋地域における麻疹排除事業―これまでの20年とこれからの10年
(IASR Vol. 42 p192-193: 2021年9月号)
1. 2003~2012年
2003年, 世界保健機関(WHO)西太平洋地域委員会(WPRC)は, 従来の定期ワクチン接種のみでは麻疹の罹患と死亡をさらに減少させるのは困難であるとして, WHO西太平洋地域(WPR)から麻疹を排除することを決議し, 『WPRにおける麻疹排除行動計画』1)を承認2), 2005年には, WPRにおける麻疹排除を2012年までに達成することを決議した3)。
麻疹排除の基本戦略である, 定期ワクチン接種率の改善と麻しんワクチン2回接種の導入, 全国規模でのワクチン一斉接種の実施, 全症例を調査・報告するサーベイランスの構築, 実験室診断の設置とそのネットワーク化2,4)の実施により, 2012年には, 地域全体の麻疹の罹患数は, それまでで最低になった(図1)。
2. 2013~2016年
2012年, WHOはWPR麻疹排除認証委員会(RVC)を設立し, 麻疹排除の達成と持続を認証するための基準を設定, 2013年には各国が自国の麻疹排除認証委員会を設立し, 2014年から麻疹排除の認証が毎年行われるようになった4)。2014~2018年までの間に, 韓国, オーストラリア, モンゴル, マカオ(2014年), 日本, カンボジア, ブルネイ(2015年), 香港(2016年), ニュージーランド(2017年), シンガポール(2018年)が, それぞれ, RVCにより麻疹排除状態にあると認証された。
同時期, 2003年に策定された『WPRにおける麻疹排除行動計画』だけでは, すべての国において, 排除を達成し維持することは困難であることを示す課題も明らかになった。図2に示すように, 土着性ウイルスの伝播が続いていた中国(遺伝子型H1ウイルス)とフィリピン(B3)で, 2013年から全国規模でのウイルス伝播の再興が起きた。それに伴い, これらからの輸入麻疹により, モンゴル(H1), ベトナム(H1, D8), ラオス(H1), パプアニューギニア(B3), ソロモン諸島国(B3), ミクロネシア(B3)で全国規模の流行が起き, 麻疹排除を達成した国では輸入麻疹の流行が続いた。さらに, これまでワクチン接種戦略の対象とされてこなかった年齢層(乳児, 青少年, 若年成人)や, 保健医療施設や特定の集団(僻地や都市スラム)での流行が目立つようになった5)。
3. 2017~2020年
2013~2016年の麻疹流行の再興を繰り返さないために, さらに, 麻疹排除事業を麻しん風しん(MR)ワクチンを用いて実施することにより風疹排除も実現するために, 2017年, WHOは『WPRにおける麻疹排除・風疹排除のための新しい戦略と行動計画』6)を作成し, WPRCがこれを承認, 加盟国への実施を勧告した7)。
この時期, 中国では毎年, 麻疹の報告数は減少し続け, 2019年以降土着性のH1ウイルスは検出されなくなった。2019年には, ニュージーランド(B3, D8)で大規模な流行があり, 同年下半期のサモア(B3), トンガ(D8), フィジー(D8)での輸入麻疹の大規模な流行の発端となったが, 迅速かつ大規模な流行対応ワクチン接種により, 島しょ国での流行は2020年の第1四半期には収束した(図2)。
この間の主要課題は, フィリピンにおいて小児の間の感受性人口の蓄積に適切な対応がなされず, 2018~2019年にかけてB3ウイルスが小児の間で再度流行し, 全国規模で土着性ウイルスの伝播が再興したこと, ならびにベトナム(D8)とマレーシア(B3とD8)においてウイルス伝播が持続したこと, であった(図2)。
4. 2021年以降
2020年の上半期から2021年7月現在までにかけて, WPRでは, 麻疹ウイルスの伝播はこれまでで最も低いレベルになり(図2), それまで検出されていた4つの遺伝子型(H1, B3, D9, D8)のうち, H1とD9が検出されない状態が続いている。一方で, 新型コロナウイルスの世界流行への対応に伴い, 多くの国において定期ワクチン接種率が低下し, 小児の間の感受性人口の増加が懸念されている。
2020年, WHOは, さらに多くのワクチンで予防可能な疾患(VPD)の排除を目指し, ①定期接種, 一斉接種, 職域接種, 高リスクへの集団接種, 流行対応接種などを組み合わせ, ワクチン接種を小児から全年齢層に拡大すること, ②サーベイランス, 実験室診断ネットワーク, VPDに関するデータ分析を統合的に運用し, エビデンスに基づいてVPD政策を立案し実施すること, ③VPDの流行の対応準備と応急対応を強化すること, を骨子とした『WPRにおけるVPDとワクチン接種に関する総合戦略(2021-2030年)』8)を作成し, 同年10月, WPRCがこれを承認した9)。2021年初旬から各国で始まっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンの導入と接種は, この総合戦略の実施を加速するもので, 同年6月のWPR技術諮問委員(TAG)会議では, COVID-19対策を通して成人層や職域でのワクチン接種を定着させ, 麻疹排除と風疹排除に活用することが勧告された。
2020年代前半におけるWPRにおける麻疹排除事業の重点目標は, COVID-19へのワクチンによる対応のなかで, 『WPRにおける麻疹排除・風疹排除のため新しい戦略と行動計画』と『WPRにおけるVPDとワクチン接種に関する総合戦略(2021-2030年)』の実施を加速させ, ①フィリピン(B3), ベトナム(D8)およびマレーシア(B3とD8)における土着性ウイルスの流行の再興を予防し, その伝播を遮断すること, ②輸入麻疹の流行の拡大を最小限に抑えること, ③麻疹排除国において排除状態を維持すること, ④太平洋島しょ地域とモンゴルにおける麻疹排除を認証すること, ⑤中国におけるH1ウイルスとWPRにおけるD9ウイルスの排除を実現し証明すること, である。
参考文献
- WHO Reginal Office for the Western Pacific, Western Pacific Reginal Plan of Action for Measles Elimination Manila, 2003
- WHO, Regional Committee Resolution WPR/RC54.R3. Expanded Programme on Immunization: Measles and Hepatitis B Manila, 2003
- WHO, Regional Committee Resolution WPR/RC56.R8. Measles Elimination, Hepatitis B Control and Poliomyelitis Eradication Manila, 2005
- 高島義裕, 臨床とウイルス 45(1): 22-31, 2017
- 高島義裕, 小児科 58(4): 387-396, 2017
- WHO Regional Office for the Western Pacific: Regional strategy and plan of action for measles and rubella elimination in the Western Pacific, Manila, 2018
- WHO, Regional Committee Resolution WPR/RC68.R1. Measles and Rubella Elimination Brisbane, 2017
- WHO, Regional Committee Document WPR/RC71/6. Vaccine-preventable diseases and immunization Manila, 2020
- WHO, Regional Committee Resolution WPR/RC71.R1. Vaccine-preventable diseases and immunization Manila, 2020