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2020年の日本国内HIV発生動向

(IASR Vol. 42 p216: 2021年10月号)

 

 HIV感染症の感染拡大防止に向け, 早期診断・早期治療は重要な戦略の1つである。日本国内ではHIV感染者がよりHIV検査を受けやすくするための様々な取り組みが行われている。しかしながら, 2020(令和2)年には新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大にともないHIV検査の機会が減少し, 無症候感染者が十分に診断に結びつかなかった可能性が懸念されている1)。本稿では2020年のHIV検査の実施状況を振り返り, 国内のHIV発生動向を考えるうえで重要な, いくつかのデータを紹介したい。

 早期診断に向けた代表的な取り組みとして, 保健所等におけるHIV検査が挙げられる。日本において, 保健所を含む自治体が実施するHIV匿名検査は1987年から始まり, その後, 検査費用の公的負担, 特設検査所の開設, 即日検査, 土日検査, 夜間受付等が導入され, 国民に対し広く検査機会を提供している。1987年の検査開始以降, 受検者数は増加し, 2010年以降は保健所等のHIV検査件数は13万件前後で推移している()。エイズ動向委員会に報告される新規HIV感染者の約半数が保健所等におけるHIV検査により診断されていること, さらに保健所等で診断されるHIV感染者のうち約20%がHIV感染後約6カ月以内の早期感染者であることから2), 日本国内の早期診断を達成するうえで重要な役割を果たしていると考えられる。しかしながら, 2020年はCOVID-19対策により保健所業務がひっ迫したこと, また受検者間のCOVID-19感染拡大防止など様々な理由で, 多くの自治体においてHIV検査受付の縮小・中止を迫られた。その結果, 2020年の保健所等によるHIV検査数は68,998件となり, 前年(142,260件)と比較し, 半数以下(48.5%)に減少した。保健所等のHIV検査が10万件を下回ったのは2003年以来である。検査数の減少度合については, 前年の8割程度を維持できた自治体から2割程度まで縮小した自治体など, 地域により異なるが, 47都道府県すべてにおいて前年の検査数を下回った。その一方, 必ずしも陽性数は大きく減少していない点に注目したい。

 保健所等の検査によるHIV陽性数は2019(令和元)年には437件, 2020年は290件であり, 検査数が半数以下になったのに対し, 2020年の陽性数は2019年の66%(34%減)であった。COVID-19の感染拡大にともなう, 公的に提供されているHIV検査数の減少に関しては, 海外でも同様の報告があり, 現在実態の把握にむけ情報収集が進められている3)。2021(令和3)年時点でも保健所等におけるHIV検査の縮小・中止が続いているが, 引き続き検査数, 陽性数, 検査を提供した時間等をより詳細に解析することは, 効率のよい検査体制を整備するための有用な情報となろう。

 2020年, HIV検査を受けて診断された新規HIV感染者数は大きく減少した一方で, AIDS発症によりHIV感染と診断されたAIDS患者報告数は345件であり, 前年を上回った。HIV感染症は感染から発症までに約5~10年の無症候期があることを考えると, 新規HIV感染者数はおおむね5年以内にHIVに感染した人(incidence)と検査機会を反映しているのに対し, 新規AIDS患者数はおおむね5年以上前にHIVに感染した人の総数と診断の遅れの2つの指標を反映しているといえる。よって2020年のHIV検査機会の減少は2020年時点での未診断者数の増加のみならず, 今後新たに感染する人の増加, 数年後の新規報告数の増加などに繋がることが懸念される。このように実際の総HIV感染者数, 未診断者数, 診断率は, 予防対策, 社会の状況に応じて常に変動している。日本国内のHIV感染症のより詳細な発生動向と, 早期診断の達成状況の把握に向け, 多角的かつ長期的な情報の収集が重要である。

 

参考文献
  1. 令和2年エイズ発生動向年報
  2. Matsuoka, et al., Prev Med Rep 16, 2019
  3. UNAIDS, COVID-19 impacting HIV testing in most countries, 2020

国立感染症研究所エイズ研究センター
 松岡佐織

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