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人獣共通感染症としてのE型肝炎ウイルス

(IASR Vol. 42 p280-282: 2021年12月号)

 
はじめに

 E型肝炎ウイルス(hepatitis E virus: HEV)はエンベロープを持たないプラス1本鎖のRNAウイルスである。HEVはヘペウイルス科(Hepeviridae), ヘペウイルス属(Hepevirus)に分類され, これまでにヒトから検出された遺伝子型(genotype)が異なる4つのHEV(G1-G4 HEV)はE型肝炎の主な原因ウイルスである1)。しかし, 最近HEVはヒトだけではなく, 多くの哺乳類や鳥類, さらに魚類からも分離され, 分離株の増加に伴ってHEVの遺伝学的分類も日々更新されてきている。

 現在, ヘペウイルス科にはOrthohepevirusPiscihepevirusの2つの属があり, 魚由来のCutthroat trout virusはPiscihepevirus属に属するが, それ以外のHEV株はすべてOrthohepevirus属に分類されている。少し複雑になるが, Orthohepevirus属はさらに少なくともOrthohepevirus A, B, C, およびDの4つのspecies(種)に分けられる。このうちOrthohepevirus Aにはgenotype 1(G1)-G8まで8つの遺伝子型が含まれ, ヒトのみならずブタ, イノシシ, シカ, サル, マングース, ウサギ, およびラクダが自然宿主と思われる様々なHEVが分離されてきている。トリ由来Avian HEVはOrthohepevirus Bに, フェレット, ラット, チョウゲンボウ(Kestrel)からはOrthohepevirus Cに属するHEVが, コウモリからはOrthohepevirus Dに属するBat HEVがみつかっている。また, ヘラジカから検出されたMoose HEVとコサギから検出されたLittle egret HEVはどのspeciesに属するかは未定である()。これまでにヒトに感染するHEVは主にOrthohepevirus Aに属するウイルスで, 特にG1 HEVとG2 HEVの宿主は霊長類に限定されている。しかし近年, 他の動物由来のHEVがヒトにも感染し, 肝炎を引き起こす事例が報告されてきている。本文では人獣共通感染症に関連するHEVに関して概説する。

人獣共通感染を引き起こすHEV

 1. G3 HEV

 G3 HEVは1997年に米国でブタから分離されたウイルスである2)。この株の塩基配列が, 米国でその直後に全く海外渡航歴のない急性E型肝炎患者から分離されたUS1およびUS2株と非常に類似していることから, E型肝炎も人獣共通感染症であることが示唆された。その後, G3 HEVは世界各地で続々発見され, 日本でもブタ, イノシシ, シカ, マングース, ニホンザルから, さらに渡航歴のない患者からの分離が報告され, 輸入感染症だけではないと認識されるようになった。G3 HEVは日本に存在していたと考えられる。その後日本では, シカとイノシシ肉喫食が原因のE型肝炎症例で, 患者血清と残存したイノシシ肉から同じ配列を持つG3 HEVの遺伝子が検出された3,4)。このことはHEVが動物からヒトに伝播し, それによって引き起こされたE型肝炎が人獣共通感染症であることを明確に示すに至った。

 2. G4 HEV

 G4 HEVは中国の急性肝炎患者から初めて分離されたウイルスである。現在, 中国で発見される散発感染例のgenotypeは主にG4である。G4 HEVはヒト以外のブタやイノシシなどの動物にも感染し, G3 HEVとともに人獣共通感染症の重要な原因ウイルスとして認識されている。最近, アカゲザルからもG4 HEVが検出され, 飼育されたサルの抗体の保有率が70.8%であったとする報告もある。一方, ウシやヒツジなどの糞便やミルクからもG4 HEVが検出されたとの報告もあるが, ウシに感染の証拠がないとする報告もあり, これらの家畜におけるHEVの感染状況はさらに検証する必要がある。

 3. G7 HEV

G7 HEVは2014年にドバイのヒトコブラクダから検出されたHEVである。現在, リバースジェネティックス法によって感染性を有するG7 HEVの作製が成功しており, PLC/PRF/5細胞を用いたウイルスの培養も可能となっている。細胞培養で得られたG7 HEVはカニクイザルに感染することが確かめられている。事実, G7 HEVによるE型肝炎症例も報告されており, G7 HEVが人獣共通感染症の原因ウイルスであることは考えられる。

 4. Rabbit HEV

 Rabbit HEVも中国のウサギ飼育場から初めて検出されたが, 間もなくして米国やフランスでもウサギから検出された。Rabbit HEVの塩基配列はG3 HEVと最も近縁であり, subtype G3raとしてG3に分類されている。Rabbit HEVはヒトにも感染し, E型肝炎を引き起こす。日本でも献血者およびウサギからRabbit HEV遺伝子が検出され, 新たな人獣共通感染症の病原体として注目されている。

 5. Rat HEV

 Rat HEVは野生ラットから検出されたspecies Orthohepevirus Cに属する新型HEVである。Rat HEVは霊長類のサルに感染しないとする報告があったことから, ヒトに感染しないと推測されてきた。しかしながら, 本ウイルスの感染によるE型肝炎患者が香港やカナダなどで報告されるに至り, ヒトに感染する可能性が強く示唆された。

人獣共通感染を引き起こす可能性があるHEV

 1. G5とG6 HEV

 G5とG6 HEVは日本に棲息しているイノシシから検出された新型HEVである。ヒトではG5 HEVの感染報告はいまだないが, リバースジェネティック法で作製したG5 HEVはカニクイザルに感染するので, ヒトへの感染の可能性が示唆されている。G6 HEVの分離培養やリバースジェネティック法による感染性ウイルスの作出はまだ成功していないため, 霊長類に感染するかどうかは不明であるが, 同じspecies Aに属するウイルスとしてヒトに感染する可能性を確認する必要がある。

 2. G8 HEV

 2016年に中国のフタコブラクダから検出されたHEVである。感染実験でカニクイザルに感染することからヒトへの感染の可能性が示唆されている。

HEVを伝播する動物

 1. ブタとイノシシ

 ブタとイノシシはHEVの主たる自然宿主である。ブタからはG3とG4 HEVが, イノシシからはG3, G4, G5およびG6 HEVが検出されている。HEV遺伝子は2~3カ月齢のブタから高率に検出されるが, 出荷豚から低い頻度でHEVが検出されているという報告もある。肉類の喫食による感染リスクを避けるには, 十分な加熱が必要である。

 2. シカ

 シカ肉が原因と考えられるE型肝炎がわが国で報告され, シカもHEVのリザーバーと思われた。しかしながらシカにおける抗体保有率が低く, シカからHEV遺伝子が検出される例が稀なことから, HEVのリザーバーとしての可能性は低いと考えられる。

 3. ウサギ

 ウサギはRabbit HEVの自然宿主である。感染実験ではRabbit HEVがウサギに急性肝炎だけではなく, 不顕性感染と持続感染も引き起こすことが明らかになっている。ウサギ肉の喫食やペットとしての飼育も感染のリスクがある。

 4. ラクダ

 ラクダはG7とG8 HEVの宿主である。これらのウイルスはラクダのミルクからも検出されるため, 肉類や乳製品などの喫食にも十分に注意すべきある。

 5. マングース

 沖縄に棲息しているマングースからG3 HEV遺伝子が検出され, 抗体保有率は8.3-21%である。

 6. サル

 これまでニホンザルからG3 HEV, アカゲザルからG4 HEVが分離されている。実験動物として輸入したカニクイザルも高い抗体保有率を有する。

 7. ラット

 ラットはRat HEVの自然宿主である。糞便に排泄されることから, 環境や食物などを汚染するリスクがある。

結 語

 現在, E型肝炎ワクチンは中国で承認されているが, まだ世界的な規模で普及しているわけではない。肉類を十分加熱して摂食することはHEV感染を予防する有効な方法である。

 

参考文献
  1. Smith DB, et al., J Gen Virol 95: 2223-2232, 2014
  2. Meng XJ, et al., Proc Natl Acad Sci USA 94: 9860-9865, 1997
  3. Li TC, et al., Emerg Infect Dis 11: 1958-1960, 2005
  4. Tei S, et al., Lancet 362: 371-373, 2003

国立感染症研究所ウイルス第二部
 李 天成 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan