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先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会「トーチの会」の活動について

(IASR Vol. 43 p65-66: 2022年3月号)

 

 トキソプラズマやサイトメガロウイルス(CMV)に胎内感染して生まれてきた子どもを持つ母親たちが中心となり, 2012年に「トーチの会」を作りました。始まりは, 私が2011年に出産した長女が先天性トキソプラズマ症だったことです。

 妊娠30週過ぎに胎児の異常がみつかり, トキソプラズマの胎内感染が強く疑われるも, 当時は妊婦に投与できる保険適応の治療薬は存在しませんでした。保険適応外のアセチルスピラマイシンを流通の少ない中, なんとか取り寄せて出産まで入院しながら服用しましたが, この薬では胎児への感染予防効果は大きいものの胎児治療の効果は限定的でした。入院中はベッドの中で必死にネット検索をし, 情報収集していましたが, 一般向けの情報はほとんどみつからず, せいぜい「母子感染症」, 「ネコ」, 「稀少疾患」というキーワードを拾えた程度でした。情報が十分ない中, 重症例の写真ばかりが目につき, 「恐ろしい病気を母親である私自身がわが子にうつした」という残酷な事実に襲われ, 自責の念に苦しむ日々でした。

 その後, 予定帝王切開で子どもは生まれましたが, 出生してからも絶え間なく問題は襲ってきました。すぐに治療を開始しなくてはならないのに, 保険適応の有無以前に, そもそも国内には治療薬が存在しないという事実を突き付けられ眩暈がしました。国内のごく限られた医療施設では熱帯病治療薬研究班(https://www.nettai.org)から治療薬を分けてもらえますが, それも当時は, はじめのひと箱だけでした。治療期間は長いので, それ以降の分は自分で欧米から輸入する必要があり, やったこともない個人輸入に四苦八苦しました。

 その後も脳の画像検査や眼底検査をするたびに異常が指摘され, 成長にともない脳性麻痺や発達遅滞も判明していきました。

 わが子を病気にしてしまった自責の念や, 「稀少」ゆえに国から存在を「無視」されているような病気と戦わなければならない孤独感や憤りが「こんなつらい経験を他の人にはしてほしくない」という気持ちを生み出し, 母子感染症予防啓発活動の礎となりました。

 そしてひとりで啓発活動をしているうちに専門家とつながることができ, 決して「稀少」な病気ではないことや, 同じように「無視」されている母子感染症の先天性CMV感染症の存在を知り, より大きな声を世間に届けるために皆で「トーチの会」を作ったのです。

 この10年間, トーチの会は母子感染症研究班に所属されている顧問の先生方にアドバイスを受け, また賛同して下さった多くの臨床医や研究者の方々のご支援を受けながら啓発活動を地道に続けてきました。一般の方向けの情報サイトを作ったり, 母子感染症を予防するための11か条をまとめたり, パンフレットやポスターを産院に置いてもらったり(), 時には新聞やTV等メディアの取材協力をしたりしながら, 多くの妊婦やその家族らの目につくところに情報発信をしてきました。

 また, 産科医を含む医療者自身が「認識不足」だという大きな問題も知り, それが一般の方への啓発の足枷になっているという事実にも気づきました。つまり「そんな稀少な病気のことを知らせても妊婦を怖がらせるだけだから, 抗体検査や生活上の注意はする意味も必要もない」という「偏見」と「誤解」からくる, 妊婦への情報遮断や予防行為の否定です。これを解決するために, 医療者に向けても学会での講演やブース展示などを行い啓発してきました。

 こういった活動は少しずつ実を結び, 一般妊婦向けの雑誌やSNS上に母子感染症の予防法が普通に取り上げられるようになりました。パンフレット配布や抗体検査を取り入れる産院も増えています。周産期だけでなく, 耳鼻咽喉科の医療者への啓発も進んでいます。新生児聴覚スクリーニングの普及にともない, 難聴が関連する母子感染症の周知が重要になったからです。いくつかの自治体では母子保健担当行政において, 母子健康手帳交付時に啓発パンフレットを配布したり, 両親学級での指導項目に入れていたりするようになりました。

 検査や治療の面も進んでいます。母子感染症研究班の尽力で, 2018年から, 妊娠中にトキソプラズマに初感染した可能性がある妊婦に保険でスピラマイシンの投薬治療ができるようになりました。これで胎児への感染予防や障害の軽減が期待できます。同じく2018年から, 先天性CMV感染症を確定診断するための出生後3週間以内の尿を用いる核酸増幅検査も保険適用になりました。2021年にはスクリーニング尿検査の簡易キットも発売されています。さらに, 先天性CMV感染症の確定診断がついた場合には, 生後早期に抗ウイルス薬の投与を開始すると病状の進行を食い止められる可能性があるのですが, 現在, 抗CMV薬の適応拡大を目指した治験が国内でも進められています1)

 以上のように大きく前進したものがある一方で, まだ叶っていないこともあります。

 要望はし続けていますが, 「母子健康手帳」には病原体の名前も具体的な予防法もまだ記載されていません。10年前から変化はないままです。母子健康手帳は妊婦なら誰もが持っていて, 目にする機会が一番多いものです。また, ここに記載されることによって国が母子感染予防を重要事項に位置付けている証拠にもなり, より一層世間の意識は高まり, 周知が進むと考えられます。前回の母子健康手帳の改定から約10年ですから2), 近々行われると思われる次回の改定では, ぜひ掲載されるよう願います。

 もう1つ, 指定難病にすることです。散々稀少な病気といわれてきた割に小児慢性特定疾病に入ったのは2017年で, 同時に指定難病に入ると期待されていたのが, そうはならず今に至ります。先天性トキソプラズマ症も先天性CMV感染症も固定された障害とは一生付き合わなければなりません。18歳になると, 大体の自治体では義務教育就学児医療費の助成(マル子)などの助成も終わるので経済的負担が大きくなり, これまでできていたリハビリ等の医療サービスを諦める患者も少なくありません。今後も指定難病に入れるよう訴え続けます。

 トーチの会設立10周年の今年は, コロナ禍以前のように全国の各学会に参加する等, 精力的に啓発活動をしたいと思います。昨年末には妊娠する前から母子感染症に興味を持ってもらうべく母子感染症啓発のための絵本も出版しました。目指すは, 妊婦じゃなくても誰もが母子感染症を知る世の中…お酒や喫煙を妊婦に勧める人がいないのと同じよう, 母子感染症の予防法が国民の常識になる日本です。皆様, 母子感染症予防啓発にご協力お願い致します。

 

参考文献
  1. 森岡一朗ら, 日大医誌 79: 171-173, 2020
  2. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_20501.html

先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会
「トーチの会」代表       
 渡邊智美

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan