IASR-logo

日本脳炎ワクチンと日本脳炎ウイルス遺伝子型Ⅴ型

(IASR Vol. 43 p137-138: 2022年6月号)

 

 日本においては, 日本脳炎(Japanese encephalitis:JE)ワクチンが定期接種ワクチンとして導入されており, 過去10年間(2012~2021年)で計45名(各年の届出数は0-11名で, 平均すると1年当たり4.5名)のJE患者の発生が届け出されている。2009年以降, 中国, 韓国で日本脳炎ウイルス(Japanese encephalitis virus:JEV)の遺伝子型Ⅴ型株が検出されている。JEV V型株はこれまで日本で検出された報告はなく, 日本で流行するJEVの遺伝子型を注視する必要がある。本稿では, JEワクチンとJEV Ⅴ型株について概説する。

 JEVはフラビウイルス科フラビウイルス属に分類されるプラス鎖1本鎖RNAウイルスである。JEVの遺伝子は, コア(Core), 膜(prM), エンベロープ(E)の3つの構造タンパク質コード領域と, NS1, NS2A, NS2B, NS3, NS4A, NS4B, NS5の7つの非構造タンパク質コード領域から構成されている。JEVの血清型は1つで, 遺伝子型はⅠ型からⅤ型の5つの遺伝子型に分類される1)。日本で1990年頃まで主に検出されていたJEVの遺伝子型はⅢ型であったが, 1990年代前半からはJEVのⅠ型株が主に検出されるようになった。日本ではこれまで, JEVのⅠ型とⅢ型以外の遺伝子型の株が検出されたという報告はない。

 現在, 日本で用いられているJEワクチンはJEVⅢ型株を基に製造された不活化ワクチンである。日本では1954年にJEワクチンの生物学的製剤基準が交付され, その翌年の1955年よりワクチンの販売が開始された。その当時は, JEVⅢ型株である中山株をマウスに脳内接種して作製した乳剤から得られた上清をホルマリンで不活化することで製造されていた, マウス脳由来の不活化ワクチンであった。当初はワクチン製造株として中山株が用いられていたが, 野外分離株の変化とともに抗原性が流行株に近いJEワクチンが求められ, 1989年よりワクチン製造株は北京株に変更された2)。その後, 2004年に, 中学生がJEワクチンを接種後に, 重篤な急性散在性脳脊髄炎(ADEM)を発症し, JEワクチン接種との因果関係が否定できないとの判断から, 2005年に, 厚生労働省健康局結核感染症課より積極的勧奨接種を差し控える旨の通知が発出された3)。その後, 培養細胞(Vero細胞)を用いた不活化JEワクチンが承認され, 2010年より勧奨接種が再開された4)。2022年4月現在, 日本でJEワクチンの製造・販売を行っているのは一般財団法人 阪大微生物病研究会と, KMバイオロジクス株式会社〔旧一般財団法人 化学及血清療法研究所(化血研)〕の2社のみである。

 海外では, 日本で用いられている北京株由来の細胞培養不活化ワクチン以外のワクチンも用いられている。

 SA14-14-2株は, 中国のJE患者から分離されたSA14株をハムスター初代腎細胞と乳飲みマウスを用いて継代することで得られた株で, 弱毒生ワクチンとして中国やスリランカ, ネパール, 韓国等のアジア諸国で用いられている5)。また, SA14-14-2株はVero細胞を用いた不活化ワクチンの製造にも, ヨーロッパや米国, カナダ, オーストラリアなどで用いられている6)。また, 黄熱の生ワクチンに使用されている17D-204株のprMおよびE領域を, 前記のSA14-14-2株のprMおよびE領域に置換した遺伝子組換えワクチンがオーストラリア, タイ, 韓国などで用いられている7)

 日本でこれまでに検出されたJEVの遺伝子型はⅢ型とⅠ型のみであり, 現在日本で用いられているJEワクチンはⅢ型株由来である。JEVⅠ型株とJEVⅢ型株のアミノ酸配列の相違は3%前後であり, Ⅲ型株由来のJEワクチンによって, Ⅲ型株に対する中和抗体と同程度の中和抗体がⅠ型株に対しても誘導されることがマウスを用いた実験で報告されている8)。JEV V型株は1952年にマレーシアの脳炎患者から分離された株(Muar株)で, Muar株の分離以降, 50年間以上, 別のV型株が検出されたという報告はなかった。ところが, 2009年に中国で採取されたコガタアカイエカからJEV V型株が分離された9)。また, 韓国では2011年にコガタアカイエカ以外のイエカからJEV V型遺伝子が検出され, 2015年にJEを発症した患者髄液よりJEV V型株が分離された10,11)。またJEVⅠ型株とJEVⅢ型株のアミノ酸配列の相違は3%前後であるのに対して, JEV V型株とJEVⅢ型株およびJEVⅠ型株のアミノ酸配列の相違はいずれも10%弱である12)。そのため, JEVの血清型は1つであるものの, JEV V型株の抗原性はJEVⅠ型株あるいはⅢ型株の抗原性と異なる可能性がある。日本で現在用いられているJEワクチンはⅢ型株由来であるため, JEV V型株への防御能はⅢ型株およびⅠ型株に対する防御能より低い可能性がある。従って, 日本で検出されるJEVの遺伝子型を継続的に注視することが重要である。

 

参考文献
  1. Solomon T, et al., J Virol 77(5): 3091-3098, 2003
  2. 北野忠彦, IASR 10: 6, 1989
    https://idsc.niid.go.jp/iasr/CD-ROM/records/10/11203.htm
  3. 厚生労働省健康局結核感染症課
    https://www.mhlw.go.jp/topics/2005/05/tp0530-1.html
  4. 田島 茂ら, IASR 38: 164-165, 2017
  5. Hegde NR, et al., Hum Vaccin Immunother 13(6): 1-18, 2017
  6. Erra EO, et al., Expert Rev Vaccines 14(9): 1167-1179, 2015
  7. Monath TP, et al., Vaccine 33(1): 62-72, 2015
  8. Tajima S, et al., J Gen Virol 96(9): 2661-2669, 2015
  9. Li MH, et al., PLoS Negl Trop Dis 5(7): e1231, 2011
  10. Takhampunya R, et al., Virol J 8: 449, 2011
  11. Woo JH, et al., Emerg Infect Dis 26(5): 1002-1006, 2020
  12. Mohammed MA, et al., Infect Genet Evol 11(5): 855-862, 2011

国立感染症研究所ウイルス第一部
 前木孝洋 中山絵里 田島 茂 林 昌宏 海老原秀喜

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan