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感染症発生動向調査における東京2020大会およびその前後の期間に診断された輸入感染症例のまとめ

(IASR Vol. 43 p166-168: 2022年7月号)

 
背 景

 東京2020大会の開催にともない, 東京2020大会およびその前後の期間に感染症の発生リスクが高まることが懸念された。このため, 2017年10月, 国立感染症研究所(以下, 当所)は厚生労働省事務連絡別添「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての感染症のリスク評価~自治体向けの手順書~」1)に示した方法で, 日本における感染症リスク評価を実施した。その結果も考慮したうえ, 当所は2018年より「急性の発症経過で, 例年一定数以上の届出があり, 届出例の中で輸入の割合が比較的高いと考えられた15疾患」を輸入感染症として取り上げ, 感染症発生動向調査(NESID)に基づく届出状況を定期的にWebサイト2, 3)で還元してきた。

 †「日本の輸入感染症例の動向について」2)に準じたアメーバ赤痢, E型肝炎, A型肝炎, クリプトスポリジウム症, 細菌性赤痢, ジアルジア症, ジカウイルス感染症, チクングニア熱, 腸チフス, デング熱, パラチフス, 風しん, 麻しん, マラリア, レプトスピラ症の15疾患を指す。

 世界的な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により, 東京2020大会は2020年から2021年へ延期された。COVID-19流行下において国内外での感染症の発生動向が変化したこと等から, 2021年6月, 当所は東京2020大会に向けての感染症リスク評価を更新した4)。その中で, 渡航制限による渡航者数の減少等により, 輸入感染症が持ち込まれるリスクはCOVID-19流行前と比較して低下していると評価した。

 東京2020大会では海外からの観客の受け入れは中止されたが, 200以上の国と地域から5万人以上のアスリート等, 大会関係者らが入国した5)。本稿は, 東京2020大会およびその前後の期間において注意すべき輸入感染症やその症例の特徴に関する情報提供を行うことで, 今後の国際的な大規模イベントの感染症対策に資することを目的とする。

方 法

 輸入感染症を, 当所の定期還元情報「日本の輸入感染症例の動向について」2, 3)に準じた15疾患と定義した。2016年1月1日~2021年9月30日に診断されNESIDに届出された輸入感染症例数の推移を記述した。また, 大会およびその前後の期間である2021年7月1日~9月19日(以下, 当該期間)に診断された輸入感染症例(2021年12月28日時点)の基本情報と感染地域についても記述し, これらの症例がアスリート等および大会関係者であったかについて, 2021年10月21日に届出受理自治体へ問い合わせを行った。これによってNESIDシステムの備考欄へ入力された情報も併せて記述した。

結 果

 2019年以前と比較して2020年以降, 輸入感染症の届出数は減少しており, 当該期間も低調に推移していた()。

 当該期間に診断された輸入感染症例は合計30例であった()。30例の年齢中央値(範囲)は48.5歳(16-76歳)で, 男性は25例(83%)であった。疾患内訳は, マラリア12例(40%), デング熱4例(13%), ジアルジア症3例(10%), アメーバ赤痢11例(37%)の4疾患で, 主な感染経路は蚊媒介と糞口感染であった。マラリア, ジアルジア症の症例の感染地域はそれぞれアフリカ, アジアのみであったのに対し, デング熱, アメーバ赤痢の症例においてはさまざまであった。

 輸入感染症例30例のうち, アスリート等および大会関係者は2例(7%), 非大会関係者は14例(47%), 大会との関連が不明の者は14例(47%)であった。アスリート等および大会関係者の2例はマラリアで, 感染地域はアフリカであった。

まとめ

 2020年以降の輸入感染症の届出数は, 2019年以前と比較して減少していた。東京2020大会に関連する海外からの入国者が多かった大会およびその前後の期間においても, 引き続き届出数は低調であった。事前の感染症リスク評価(更新版)4)の通り, COVID-19の世界流行にともなう複合的な感染予防策の実施や移動制限による人流の変化等により, 当該期間の輸入感染症の持ち込みが少なかった可能性が示唆された。

 当該期間の届出数は限られていたものの, アスリート等および大会関係者と記載のあった2例はいずれもアフリカで感染したマラリアの症例であり, 重症となり得る感染症6)が大会に関連して持ち込まれていた。したがって, 総じて輸入感染症が持ち込まれるリスクが低いと事前に評価された国際大規模イベントであっても, 依然として対策を実施することが重要であると考えられた。またその際には, イベントの内容, 実施時期, 開催期間, 参加国, 参加者の特性等を考慮し, 注意すべき輸入感染症の優先付けを行うことも検討される。

 本報告における制限として, アスリート等および大会関係者かどうかについて確認ができた症例は約半数であり, 東京2020大会に関連した症例数を過小評価している可能性が考えられた。国際大規模イベントにともなう輸入感染症事例を早期に探知しリスク評価・対応をするため, また, 大会後にその影響を評価し対策の改善を行うためには, 症例とイベントとの関連性も含めたNESIDへの届出を徹底することが重要であると考えられた。またアメーバ赤痢については, 大腸粘膜の異常所見等があるが症状はない症例を一定数含んでおり7), 推定感染時期が不明の症例が多かった。そのため, 当該期間以前に輸入された症例をより多く含んでいる可能性が考えられた。なお, 渡航者数やその基本属性の推移は考慮しておらず, 東京2020大会が輸入感染症の動向へ及ぼした影響についてはさらなる検討が必要である。

 謝辞:本報告に際して, 輸入感染症例の情報提供等にご協力いただいた都道府県の関係者の皆様に深謝いたします。

 *各記事中の大会, 組織等の名称は初出時に「」を付けて略称で示しています。正式名称および用語の定義は本号の<特集関連資料>を参照ください。

 

参考文献
  1. 厚生労働省, 「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての感染症のリスク評価~自治体向けの手順書~」について, 平成29(2017)年10月5日付
    https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/sanko10.pdf
  2. 国立感染症研究所, 日本の輸入感染症例の動向について
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/route/transport/1709-idsc/8045-imported-cases.html
  3. 国立感染症研究所, 日本の輸入デング熱症例の動向について
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/dengue-m/690-idsc/6663-dengue-imported.html
  4. 国立感染症研究所, 東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催に向けての感染症リスク評価(更新版), 令和3(2021)年6月23日
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/10471-covid19-45.html
  5. 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会, 第48回理事会の開催結果について
    https://www.tokyo2020.jp/ja/news/news-20211222-03-ja/index.html
  6. Kanayama A, et al., Am J Trop Med Hyg 97(5): 1532-1539, 2017
  7. Ishikane M, et al., Am J Trop Med Hyg 94(5): 1008-1014, 2016

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 実地疫学専門家養成コース(FETP)
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