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東京都内で検出された麻疹ウイルス遺伝子のM/F-NCR領域を用いた解析

(IASR Vol. 43 p205-206: 2022年9月号)

 

 わが国では麻疹排除状態の継続確認のために, 麻疹疑い患者の核酸増幅検査と検出された麻疹ウイルスの解析が全国の地方衛生研究所を中心に実施されている。これらの検査・解析は地域における積極的疫学調査としての追跡調査の意味合いも併せ持つ。通常, 疫学解析には発生届による推定感染地域などの情報に加え, 検出された麻疹ウイルス遺伝子の塩基配列が用いられる。ウイルス遺伝子の検出および解析には病原体検出マニュアル1)記載の麻疹ウイルス遺伝子のreal-time RT-PCRと, N遺伝子型決定領域(N遺伝子領域)の塩基配列解析が広く利用されている。しかしながら, N遺伝子領域の検出感度は高いが, 複数の, 由来の異なる症例においても共通した塩基配列が検出されることが散見され, 疫学的な関連性を遺伝子解析からは証明できない場合がみられていた。そこで, 東京都で麻疹ウイルス遺伝子が検出された試料を用い, 近年報告されたnoncoding region between the matrix and fusion genes (M/F-NCR)領域を用いた塩基配列解析との比較を試みた。

 東京都内で2018~2019年にreal-time RT-PCR法により麻疹ウイルス遺伝子が検出され, N遺伝子領域の解析を実施した84件の臨床材料から抽出したRNAを検討に用いた。M/F-NCR領域の遺伝子増幅には, 既報2)のprimerを改変した大槻らのprimerを含むMeV4200f/MeV5600rのprimer pairを用いた1st PCR, およびMeV4380f/MeV5561rのprimer pairを用いたnested PCR, もしくはMeV4380f/MeV4883rとMeV4794f/MeV5561rのプライマーペアを用い2断片に分割して増幅するnested PCR法を用いた(図1)。

 臨床材料由来のRNAにおいて1st PCRでは増幅産物が認められなかったが, MeV4380f/MeV5561rによるnested PCRで陽性となった例は26件(31.0%)であった。一方, nested PCRをprimer pair MeV4380f/MeV4883r, およびprimer pair MeV4794f/MeV5561rを用いて2断片に分割して増幅した場合, 得られた2断片配列を結合することにより解析に用いる1,141bpの塩基配列が得られたのは62件(73.8%)であり, その遺伝子型の内訳はD8型:45件, B3型:14件, H1型:1件, A型2件であった。M/F-NCR領域の検出率は, N遺伝子領域と比較して低い傾向がみられたが, 得られた遺伝子型はどちらの領域も一致した。得られた塩基配列を基に, N遺伝子領域の解析結果との比較を実施し, 両領域における最尤法による系統樹をN遺伝子領域は麻疹ウイルスの参照株(A:MVi/Maryland.USA/0.54, B3:MVi/New York.USA/0.94, MVi/Ibadan.NIE/0.97/1, D8:MVi/Manchester.GBR/30.94, H1:MVi/Hunan.CHN/0.93/7)とともに図2に示した。D8型において同一の配列であった試料でもM/F-NCR領域の分岐が異なる例がみられたほか, B3型においてN遺伝子領域で同一の配列であった13件のうち2件がM/F-NCR領域で1-7塩基異なる配列であったことなど, M/F-NCR領域ではN遺伝子領域と比較して異なる情報が得られる場合があった。一方で, 検出感度(増幅率)の低さ, ならびに検出された時期から疫学的な関連性がないと推定された検体においても同一の塩基配列が検出される場合がみられる, などの改善点は依然として残った。

 以上のような結果から, 麻疹の疫学調査には従来のN遺伝子領域の解析に加え, M/F-NCR領域の解析も補完的に用いることで, 詳細な解析が期待できる場合もあり, さらなるデータの蓄積が必要と思われた。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル 麻しん(第3.4版), 平成29(2017)年4月
    https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/measles.v3-4.2017Mar.pdf
  2. Thomas S, et al., Emerging infectious Diseases (23): 1063-1069, 2017

東京都健康安全研究センター微生物部
 森 功次 糟谷 文 熊谷遼太 鈴木 愛 原田幸子
 天野有紗 長谷川道弥 鈴木 淳 長島真美 貞升健志

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