群馬県の流行性疾患患者通報業務による麻疹サーベイランスの有用性
(IASR Vol. 43 p210-211: 2022年9月号)
背 景
群馬県では感染症の発生状況を早期に探知し, 公衆衛生対策を迅速かつ円滑に推進するため, 特定の疾患の患者情報を直ちに医療機関から県へ通報し, 関係機関の間で情報共有する事業(流行性疾患患者通報業務)を実施している。流行性疾患患者通報業務は県内医療機関の多くが所属する群馬県医師会と協力して実施され, 適時に通報対象疾患を決めており, 2004年からは麻疹が対象疾患に追加された。本事業では, 検査診断前の麻疹疑い例や, 感染症発生動向調査の届出基準に該当しない非典型的な症状を示す患者の情報も通報されることとなっている。今回, 本事業における直近9年間の麻疹通報実績についてまとめたので報告する。
流行性疾患患者通報業務の概要
医療機関が麻疹(疑い例を含む)と診断した場合は, その患者の情報を所属する郡市医師会(県内の地区ごとの医師会)へFAXで通報する(図1)。通報項目には, 居住市町村, 発症日, 年齢, 性別, 渡航歴, ワクチン接種歴が含まれ, 可能な限り診断当日中に通報することとされている。通報を受けた郡市医師会は, 群馬県医師会へ患者情報を伝達する。群馬県医師会は全会員に対して通報内容を周知する。さらに, これらの患者情報は並行して保健所, 群馬県衛生環境研究所, 県庁主管課にも順次伝達される。保健所は通報された患者情報を基に, 積極的疫学調査やPCR検査用の検体の確保を行う。
探知された麻疹(疑い例を含む)症例と対応
群馬県健康福祉部感染症がん・疾病対策課で保存されていた2013年1月~2021年12月までに群馬県医師会員から通報された情報について集計し, 年齢群別に, 受診から郡市医師会への連絡に要した日数をまとめた。
対象期間中, 群馬県医師会員から合計137件の通報があった。患者が受診してから医療機関から郡市医師会へ通報が届くまでの日数を図2に示す。通報があった事例(受診日不明の1件を除く)のうち, 59% (80/136)は受診当日中, 76% (103/136)は受診から1日以内(受診翌日), 84% (114/136)は受診から3日以内に医療機関から郡市医師会へ通報されていた。小児科への受診が想定される15歳以下の患者のうち64% (30/47), 16歳以上の患者のうち56% (50/89)は, 受診日当日中に通報があった。PCR検査で麻疹ウイルスが検出されたのは5件で, いずれの症例も受診日から3日以内に郡市医師会へ通報があった。これらの検査陽性例からの二次感染は発生しなかった。
考 察
本事業の実施により, 検査結果が判明する前の段階から, 疑い例も含めて麻疹患者の情報が群馬県医師会員間で広く共有された。群馬県医師会と協力して事業を実施したことで, 医師会員への周知や注意喚起が円滑に行われ, 鑑別診断や待合室分離といった麻疹患者の来院を考慮した診療が可能となった。また, 典型的な症状を呈さない症例も含め, 確実に情報を得る制度を設けたことで, 保健所は迅速に検体確保や疫学調査を行うことができた。
感染症発生動向調査では, 2008年から麻疹の全数届出が開始されたが, 群馬県では先行して2004年から流行性疾患患者通報業務の対象疾患に位置付けていた。届出基準に該当しない疾患であっても, 公衆衛生上重要なものについては流行性疾患患者通報業務で柔軟に報告対象を設定することができる。このため, 本事業はevent-based surveillanceとして, 麻疹のみならず新興・再興感染症にも有用であると考えられた。
麻疹はその感染力の強さから, 早期診断と医療機関等での二次感染予防が重要である。また, 麻疹患者が発生した際は, 感受性者や濃厚接触者の特定や健康観察等の公衆衛生対応を早期に行うことが求められる。今回調査対象とした疑い例を含めた麻疹患者受診情報のうち59%が受診当日中, 76%が受診から1日以内に地域の医師会と情報共有が行われていたこと, さらにはPCR陽性例から二次感染例が発生しなかったことを鑑みると, 本事業の実施により, 関係機関の間で地域の麻疹患者発生状況が速やかに情報共有され, 早期診断, 早期対応に寄与したものと考えられた。