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本邦における麻疹サーベイランスの実施状況

(IASR Vol. 43 p211-213: 2022年9月号)

 
はじめに

 現在, 麻疹について「排除(ある地域において, 常在するウイルスによる伝播のない状態)」, さらには「根絶(世界中で患者発生のない状態)」を達成させようと, 各国が麻疹の予防接種率の向上, サーベイランスの強化, 積極的な啓発活動などに取り組んでいる。

 世界保健機関(WHO)における麻疹の排除の定義は, 適切なサーベイランスシステムの存在下で, ある地域や国において国内由来, 海外由来にかかわらず12カ月間以上伝播を継続した麻疹ウイルスがない状態となっている。

 本邦では, 2006年から麻しん含有ワクチン(MCV)の2回接種(第1期, 第2期)を導入, 2007年12月には厚生労働省が「麻しんに関する特定感染症予防指針」(2019年4月最終改正, 以下指針)を告示し, 2008年から5年間, 中学1年生, 高校3年生相当年齢の者へ2回目のMCV接種機会を設ける等の麻疹排除に向けた対策を強化した。WHOの麻疹排除認定の条件には, 麻疹が疑われた患者1例1例に対する迅速かつ正確な検査診断が求められており, 本邦では, 指針に基づき, 都道府県等は疑い症例が1例でも発生した際はPCR検査を含む積極的疫学調査等を実施している。これらの対策により, 2009年以降, 非常に少ない届出数で推移し, 2015年には麻疹排除国に認定され, 現在も排除状態が維持されているところである。

 一方で, 迅速な行政対応を行うため, 感染症発生動向調査システム(NESID)への届出は臨床診断(疑い例)の時点で行い, 臨床症状と検査結果, 疫学情報等を総合的に勘案した結果, 麻疹ではないと診断された場合は届出を取り下げ, その際に都道府県等は, 取り下げの理由を記載し, 国に報告すること, とされている。

 今回, 国内のサーベイランスの実施状況を評価するため, 2018~2021年までに管轄保健所がNESIDに登録した麻疹の届出状況や疫学情報についてまとめた。

対象と方法

 1. 対 象

 2018~2021年にNESIDに登録された麻疹の届出症例(その後届出取り下げとなった症例含む)を評価対象とした。

 2. 方 法

 NESIDに登録された麻疹疑い例のうち, 届出内容の評価や検査結果等で麻疹と診断確定となった症例群(確定例)と取り下げとなった症例群(削除例)の疫学情報やPCR検査を含む積極的疫学調査等の実施状況結果を記述し, それを基にサーベイランスの実施状況を評価した。なお, 届出医療機関や保健所が備考欄に記載した情報も用いて解析した。

結 果

 麻疹の確定例と削除例における診断週別報告数を図に示す。

 4年間で確定例は1,039例, 削除例は確定例の約4倍の3,972例であった。確定例数が少ない時期には確定例の割合も低い傾向を認めた()。

 確定例の基本属性は, 男性565例(54%), 女性474例(46%), 年齢中央値27歳(四分位範囲17-35歳), ワクチン接種歴は, 2回接種完了者148例(14%), 1回接種者221例(21%), 未接種者408例(39%), 不明262例(25%)であった。

 削除例の基本属性は, 男性2,215例(56%), 女性1,757例(44%), 年齢中央値24歳(四分位範囲5-39歳), ワクチン接種歴は, 2回接種完了者652例(16%), 1回接種者1,232例(31%), 未接種者1,557例(39%), 不明531例(13%)であった。

 削除例3,972例のうち, 取り下げの理由の記録が確認された報告例は3,072例(77%)であった。このうち取り下げ理由がPCR検査の結果陰性が2,883例(94%)と最も多かった。その他, PCR検査実施前に抗体検査の結果陰性が80例(3%), ワクチン株の検出56例(2%), PCR検査実施の前に別疾患と診断32例(1%), 症状不一致13例(0.4%), 重複や誤登録8例(0.3%)であった。

 また, PCR検査結果陰性例のうち, 麻疹ウイルス以外の病原体が検出された症例は263例(9%)あり, 風疹ウイルス208例(79%), ヘルペスウイルス6型または7型27例(10%), パルボウイルスB19 24例(9%)の順で多かった(重複あり)。

 削除例では, 確定例より2回または1回ワクチン接種者の割合がやや高かった。PCR検査等の検査結果のみではなく, 臨床症状, ワクチン接種歴, 行動歴, 地域の流行状況などを総合的に勘案し, 取り下げの判断が行われた症例も確認された。

 なお, NESID上, 削除例を発端とした二次感染者は確認されなかった。しかし, 確定例からの二次感染者は, わずかではあるが発生が確認された。

考 察

 2018~2021年において, 麻疹疑い例として少ない年で約100例, 多い年で約3,000例の届出がなされ, 届出後, 確定診断のために, 削除例においても少なくとも75%でPCR検査が実施されていた。また, PCR検査陽性となった場合においても, ワクチン接種歴の情報を鑑み, 接種後の副反応との鑑別が必要な場合は, 検出されたウイルス株がワクチン由来か否かを判定するため遺伝子解析が実施されていた。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により国際的な人の往来が制限された2020年, 2021年においても, 麻疹疑い例として264例(2020年), 101例(2021年)が届け出られ, それぞれ10例, 6例が確定例と診断された。確定例数の減少は, COVID-19によるサーベイランス精度の影響が懸念されたが, 確定診断された症例の割合(確定例数/届出症例数)もそれぞれ, 4%, 6%と, 2018年(16%), 2019年(25%)より著しく減少したことから2020年, 2021年は麻疹の発生そのものが少なかった状況が示唆された()。

 以上より, 本邦の麻疹サーベイランスは, 疑い例が検出された時点での届出, 聞き取り調査, 確実な診断のための検査対応, これらの結果を総合的に判断した確定診断, 取り下げの判断, 取り下げ時の対応など, 医療機関, 自治体, 地方衛生研究所の尽力により, 指針に基づくサーベイランス体制が確立され, 実施されていると考えられた。

 麻疹排除認定以降も, 2016年や2018年には海外からの旅行者や外国人就労者を発端とした集団発生, 2019年にはワクチン接種率が低い集団における集団発生等が確認されており, 実地疫学研究センター(旧感染症疫学センター)においても自治体とともに事例対応にあたった1-5)

 これまでの事例対応の知見等も踏まえると, 麻疹発生数が大幅に減少した現在でも, ワクチン接種率を高く維持することに加え, 疑い例が1例でも発生した際は, 直ちにPCR検査を含む積極的疫学調査等を行い, その結果に基づく対策の実施, 関係機関との情報共有の促進に努め, 二次感染例の発生を最小限に防止することが重要である。平時から医療機関, 自治体が連携し, 引き続き, 指針に基づく迅速かつ適切なサーベイランスの維持に努めていくことが必要不可欠である。

 COVID-19により制限されていた国際的な人の往来が段階的に緩和されてきており, 今後, 海外からの輸入例を契機とした麻疹の流行が懸念される。麻疹アウトブレイク発生のリスクの高まりを見据え, 発生時の対応についてもガイドライン等を改めて確認しておくことが望まれる。

 謝辞:日頃より麻疹の診療や発生動向調査にご尽力いただいております医療機関や各自治体関係者の皆様に深謝いたします。

 

参考文献

国立感染症研究所         
 実地疫学研究センター      
 実地疫学専門家養成コース(FETP)
 感染症疫学センター

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan