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WHO西太平洋地域における麻疹排除事業―2022年上半期までの進展と課題

(IASR Vol. 43 p213-215: 2022年9月号)

 
1. WHO西太平洋地域(WPR)における麻疹排除事業

 麻疹の排除(elimination of measles)は, 良好に機能するサーベイランスのもとにある地域や国といった特定の地理的領域において, 12カ月間以上, 持続伝播をした麻疹ウイルスがない状態, と定義される1)。麻疹排除の認証(verification of measles elimination)は, 排除認証の基準に達したサーベイランスの存在とウイルスの遺伝子分析のもとで, その地域における流行株とされた麻疹ウイルスの伝播が, 最後の症例から少なくとも36カ月間, 遮断され続けていることを示す公的文書が, WHOの設立した麻疹風疹排除認証委員会に精査されることによってなされる1)

 2003年, WHO西太平洋地域委員会(WPRC)は, 従来の定期ワクチン接種のみでは麻疹の流行は定期的に消長を繰り返し, 麻疹の罹患と死亡をさらに減少させるのは困難であるとして, WPRから麻疹を排除することを決議し, 『WPRにおける麻疹排除行動計画』2)を策定・承認し, 麻疹排除事業によって各国の予防接種プログラムをさらに強化することとし3), 2005年には, WPRにおける麻疹排除を2012年までに達成することを決議した4)

 『WPRにおける麻疹排除行動計画』の実施により, 2012年には地域全体の麻疹罹患の報告数はそれまでで最低になったが, 2013年から始まったフィリピンでの遺伝子型B3ウイルスと中国での遺伝子型H1ウイルスの大規模な麻疹の再興が, 他の国での大規模な輸入麻疹による流行を引き起こし, 2016年までのおよそ4年間, WPR全体での麻疹流行の主な原因となった(図1)。

2. 『WPRにおける麻疹排除・風疹排除のための新戦略と行動計画(2017年)』策定の背景と目的 

 2013~2016年のWPR全体での麻疹流行を繰り返さないために, さらに麻疹排除事業を麻しん風しん混合(MR)ワクチンを用いて実施することにより風疹排除も実現するために, 2017年, WHOは『WPRにおける麻疹排除・風疹排除のための新戦略と行動計画』5)を作成し, 同年10月, WPRCはこれを承認, 加盟国へ実施を勧告した6)。『新戦略と行動計画』では, 2020年までに以下の5つの項目を達成することを目標として, WPRにおける麻疹の排除の達成と維持を実現することを目指してきた。

 (1)すべての加盟国における, WHOの認証基準を満たす実験室診断をともなった排除認定に必要なレベルの麻疹サーベイランスの確立・維持

 (2)持続流行性麻疹ウイルス(2013年現在, WPRでは遺伝子型H1, B3, D8, D9ウイルス)の再興の予防

 (3)流行持続国におけるすべてのウイルス伝播の遮断

 (4)麻疹排除に近づいている国・地区での排除状態の実現, および麻疹排除を達成した国・地区での排除状態の維持

 (5)輸入麻疹による大規模な流行の予防

3. 2018~2022年上半期までの進展と課題

 (1) WHOの認証基準を満たす実験室診断をともなった排除認定に必要なレベルの麻疹サーベイランスの確立と維持

 2021年末までにWPRでは, 6カ国(中国, フィリピン, ベトナム, マレーシア, パプアニューギニア, ラオス)と1準地域(太平洋島しょ国地域)が麻疹排除を実現しておらず, 2カ国(カンボジアとモンゴル)が麻疹排除認証を取り消されている(図2)。WHOは加盟国と協力して各国の麻疹サーベイランスのパフォーマンスを毎月指標を用いて評価している。マレーシア, カンボジア, ラオスにおける年次の評価指標は2020年までは概ね良好であったが, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック下では低下を示唆するものとなった。2021年, 麻疹排除の維持が認証されている, 日本, 韓国, オーストラリア, 香港, シンガポール, ニュージーランドにおける麻疹サーベイランスの評価指標も低下を示唆するものであった。

 (2)持続流行性麻疹ウイルスの再興の予防と流行持続国におけるウイルス伝播の遮断

 遺伝子型B3ウイルスは2013年以降フィリピンで持続的に伝播し, 2013~2014年および2018~2019年は大規模に再興, 2015年以降はマレーシアでも持続的に伝播している。2020~2021年は両国からB3ウイルスの検出は報告されていないが, 2021年末現在, 両国における持続伝播はB3ウイルスによるものと考えられている。

 遺伝子型D8ウイルスは, 2015年以降マレーシアで, 2017年以降ベトナムで, 2019~2020年には中国で持続的に伝播し, 2019年にはラオスでも大規模な流行の原因となった。2021年末現在, マレーシアとベトナムにおける持続伝播はD8ウイルスによるものと考えられている。

 遺伝子型D9ウイルスは2011~2017年マレーシアで持続的に伝播していたが, 2017年12月以降, WPRでは検出されていない。その理由として, ①サーベイランス・実験室診断が十分でないところがあり, 残留している規模の小さな伝播が検出されていない, ②他の地域からWPRへのD9ウイルスの輸入が途絶えている(なお, D9ウイルスは2019年11月にスイスで検出されて以降, 報告されていない), ③2017年に伝播が遮断されたのち, WPRではD9ウイルスの伝播はない, の3つの可能性が考えられている。

 遺伝子型H1ウイルスは2013~2019年中国で, 2013~2015年ベトナムで持続的に伝播していたが, 2019年9月以降, WPRでも世界全体でも検出されていない。その理由として, ①サーベイランス・実験室診断が十分でないところがあり, 残留している規模の小さな伝播が検出されていない, ②遺伝子型判定のための検体採取の方法が変わった, ③H1ウイルスの流行持続国であった中国とベトナムで, 効果的な予防接種プログラムによってH1ウイルスの伝播が完全に遮断された, ④中国をはじめとする国々での徹底的なCOVID-19対策(例:マスク使用, 行動制限, 現在に至るロックダウンなどの実施)がH1ウイルスの伝播の機会を減らした, の4つの可能性が考えられている。

 2022年6月現在, WPRで持続的に流行している麻疹ウイルスは, フィリピン(2013年以降)とマレーシア(2015年以降)のB3と, マレーシア(2015年以降), ベトナム(2017年以降)および中国(2019年以降)のD8であると考えられている。

 (3)麻疹排除に近づいている国・地区での排除状態の実現, および麻疹排除を達成した国・地区での排除状態の維持図2

 2016年までに, 日本, 韓国, オーストラリア, カンボジア, 香港, モンゴル, マカオ, ブルネイ・ダルサラームの6カ国・2地区において, 麻疹排除達成が認証された。これに, 2017年にはニュージーランドが, 2018年にはシンガポールが加わった。しかし, 輸入麻疹ウイルスが持続的伝播を確立したことにより, 2016年にモンゴルが, 2021年にカンボジアの麻疹排除維持の認証が取り消された。2021年5月において麻疹排除を達成し維持できていると認証されているのは, 6カ国・2地区, 麻疹排除状態に近づいていると考えられている国は太平洋島しょ国地域とモンゴルである。

 (4)輸入麻疹による大規模な流行の予防図1

 2018~2019年, 世界の多数の国で麻疹が再興し, 多くの国で輸入麻疹の報告数が増加したが, すでに麻疹排除を達成していた日本, 韓国, オーストラリア, ブルネイ・ダルサラームは大規模な流行を予防し得た。香港, ニュージーランド, シンガポール, マカオは, 輸入麻疹による大きな流行を経験したが, 持続伝播の再確立を予防し, 麻疹排除状態を維持した。この他太平洋島しょ国では, サモア, トンガ, フィジーが輸入麻疹による大きな流行を経験した。2020年第2四半期以降, WPRにおいては, 輸入麻疹の流行は報告されていない。

 

参考文献
  1. World Health Organization Regional Office for the Western Pacific: Guidelines on Verification of Measles and Rubella Elimination in the Western Pacific, second edition, Manila, 2019
  2. World Health Organization Reginal Office for the Western Pacific: Western Pacific Reginal Plan of Action for Measles Elimination, Manila, 2003
  3. World Health Organization: Regional Committee Resolution WPR/RC54.R3, Expanded Programme on Immunization: Measles and Hepatitis B, Manila, 2003
  4. World Health Organization: Regional Committee Resolution WPR/RC56.R8, Measles Elimination, Hepatitis B Control and Poliomyelitis Eradication, Manila, 2005
  5. World Health Organization Regional Office for the Western Pacific: Regional strategy and plan of action for measles and rubella elimination in the Western Pacific, Manila, 2018
  6. World Health Organization: Regional Committee Resolution WPR/RC68.R1, Measles and Rubella Elimination, Brisbane, 2017

世界保健機関西太平洋地域事務局
 髙島義裕

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan