国立感染症研究所

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新型コロナウイルス感染症の発生動向に対する重層的モニタリングの取り組み

(IASR Vol. 43 p280-282: 2022年12月号)
 

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)サーベイランスとして新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)が2020年5月より運用されており, わが国のCOVID-19の発生動向が把握されている。HER-SYSには新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性者に関する基本情報のほか, 重症度, 変異株, 接触者, ワクチン接種歴など様々な情報が統合されている。一方で1つの情報ソースだけでなく, 複数の情報を組み合わせてCOVID-19の発生動向をより正確に把握することがリスクアセスメントや対策を立てるうえで重要である。HER-SYSのデータを用いて解析した結果は, 新型コロナウイルス感染症週報1)や厚生労働省アドバイザリーボードの資料として, 定期的に公表されてきた2)。さらに, COVID- 19の発生動向を多角的に監視するために, HER-SYS以外のデータを用いた状況の把握も定期的に実施してきた。これらの取り組みについて概略する。

 東洋経済オンラインに掲載されているSARS-CoV-2国内感染の状況は厚生労働省または自治体が公表するデータを基に構築されたオープンデータであり, HER-SYSの集計が使われていない3)。ここでは都道府県別のPCR検査数, PCR陽性者数およびPCR陽性率や都道府県別の重症者数や死亡者数が2020年4月より報告されている。図1に九州地方における2021年9月からの東洋経済オンラインのデータをまとめたものを提示する。同データベースは地域別の検査数やPCR陽性率, 死亡者数や入院者数を, 感染者数や重症者数などHER-SYSでのデータと経時的に比較する資料として有用であると考えられる。

 COVID-19の全数が報告されていた時期では, 診断した医師が主にオンラインでHER-SYSに発生届を提出し, 自治体が患者情報を確認・補完して登録するが, 流行拡大時には多くの届出を処理する必要が増大するために報告に遅れが生じていたと考えられる。自治体はこれとは別にCOVID-19患者データを公表しており, 自治体や時期によって違いがあるが, 患者の基本属性, 発症日や診断日に加えて職業や他の陽性者との接触状況が含まれていた。HER-SYSと比べると限局した情報ではあるが, 日ごとに集計・公表されており, 適時性や安定性は高いと考えられる。そこで, 自治体公開情報とHER-SYSデータを比較することによって, HER-SYSでの報告が経時的にどの程度の影響を受けているのかを評価する目的で自治体公開情報を収集し, その差分を検討してきた。図2に全国における2021年9月~2022年9月までのHER-SYSデータと自治体公開情報の週ごとの報告数および日ごとのHER-SYSと自治体公開情報との差分を示す。オミクロンによる流行が始まった2022年1月では差が正(HER-SYS>自治体公開情報)になることが多かったがピーク時は負(HER-SYS<自治体公開情報)になることが多くなった。流行初期は日ごとに公表されるタイミングで自治体公開情報とのずれが生じていたが, ピーク時には報告数の増大によってHER-SYSへの入力遅れが生じていたと考えられる。

まとめ

 COVID-19のサーベイランスとして2020年5月よりHER-SYSが運用されてきた。同システムは感染者の報告のみならず, 療養時の健康観察や疫学調査など複合的に活用されてきた。感染者の把握は, その動向をモニタリングするのに必須であることに論を待たないが, あわせて検査数, 入院者数や死亡者数, 日ごとの感染者数を集計する自治体公開情報など, 様々なソースを用いて検討することで多角的に動向を分析できると考える。感染症サーベイランスではどのくらいの感染者がいるのか(レベル)と感染者数がどのような状況なのか(トレンド)について継続的かつ重層的に監視することが重要であり, 本稿ではサーベイランスの評価とそれを補完する取り組みを紹介した。

 アドバイザリーボード: 国のCOVID-19対策を円滑に推進するに当たって必要となる, 医療・公衆衛生分野の専門的・技術的な事項について, 厚生労働省に対し必要な助言等を行う専門家会議

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 新型コロナウイルス感染症サーベイランス週報: 発生動向の状況把握
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/10754-2021-41-10-11-10-17-10-19.html
  2. 厚生労働省, 新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの資料等(第81回~)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00348.html
  3. 東洋経済オンライン, 新型コロナウイルス 国内感染の状況
    https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/

国立感染症研究所感染症疫学センター    
 神垣太郎 滝沢木綿 閻 芳域 小林祐介 高橋琢理
 新城雄士 福島紘平 大谷可菜子 新橋玲子
 大塚美耶子(現長崎大学大学院プラネタリーヘルス学環)
 笠松亜由 髙 勇羅(現東北大学大学院医学系研究科)
 山内祐人(現国際協力機構人間開発部) 北村則子
 有馬雄三 鈴木 基

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