今後期待される新規肺炎球菌ワクチン
(IASR Vol. 44 p3-5: 2023年1月号) (2023年9月12日,10月23日黄色部分訂正)
背 景
肺炎球菌は急性中耳炎や肺炎をはじめ, 特に乳幼児, 高齢者において, 菌血症, 髄膜炎など侵襲性感染症(invasive pneumococcal disease: IPD)をきたす重要な病原体である。現在国内では肺炎球菌莢膜多糖体を標的抗原とした, 沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13), 23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23)の2種類のワクチンが用いられている。
肺炎球菌の莢膜多糖体は血清型を規定し, 現在までに約100種類の血清型が知られている。先述の各ワクチンは主にそのうちの13種, 23種の含有血清型特異的な免疫を誘導する(表:表中の黄色のマーカー部分を改訂しています:6歳未満→5歳未満に訂正 (2023年9月12日)、PCV7に含まれる血清型の誤りを訂正 (2023年10月23日))。
PPSV23は含有血清型が多いことが利点であるが, 莢膜多糖体単独ではT細胞非依存性抗原であるため, 免疫誘導能に課題があった。結合型ワクチンでは, この課題が克服され, キャリアタンパク質(無毒性変異ジフテリア毒素CRM197等)によって活性化されたヘルパーT細胞の働きにより, 2歳未満児においても免疫応答を惹起し, 血清型特異的な機能抗体を産生するとともに, 免疫学的記憶を付与する1)など免疫原性に優れている。しかし, キャリアタンパク質の量が多すぎると莢膜多糖体に対する免疫誘導を損なう可能性があり, 単一のワクチンに含有可能な血清型数には限りがある2)。
近年, 小児PCV13接種の普及にともない, 血清型置換(ワクチン含有血清型肺炎球菌に代わり非含有血清型肺炎球菌による感染症の増加)が課題となっており, より幅広い血清型の肺炎球菌に有効な新規ワクチン開発が試みられている。
国内新規承認ワクチン
沈降15価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV15)3)(キャリアタンパク質: CRM197)
本剤は2022年9月に国内薬事承認された(2022年12月現在未販売)。PCV13含有血清型に加えて血清型22F, 33Fを含む。22F, 33FはPCV13非含有血清型の中でも相対的に侵襲性が高く, 重篤な臨床転帰との関連を指摘されている4,5)。国内小児肺炎症例からの分離株65株(2016~2018年)6)の報告では6%, 15歳以上のIPD症例からの分離株の調査報告においても一定数を占めた7)。
国内承認時, 高齢者または肺炎球菌による疾患に罹患するリスクが高い成人を対象に単回接種を行う。現在米国では, 生後6週以上を対象にPCV13と同等の用法で推奨されている8)。
海外での新規承認ワクチン
沈降20価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV20)(キャリアタンパク質: CRM197)
PCV13含有血清型に加えて8, 10A, 11A, 12F, 15B, 22F, 33Fの7種の血清型を含む。12Fは近年国内で集団発生が報告されたほか, 10A, 12FはIPD症例7), 11Aや15Bは非侵襲性感染症症例から比較的高い割合で検出されている9)。
米国で2021年6月, 欧州で2022年2月に18歳以上を対象に薬事承認された。乳児対象第2相臨床試験結果も報告されている10)。
研究開発中のワクチン
多価結合型ワクチン
さらに多価の結合型ワクチンも開発されている。21価ワクチン(キャリアタンパク質: CRM197)は, 近年の成人における疫学情報に基づいて新たな8種の血清型を含む(表:表中の黄色のマーカー部分を改訂しています:6歳未満→5歳未満に訂正 (2023年9月12日)、PCV7に含まれる血清型の誤りを訂正 (2023年10月23日))。このほど第1/2相臨床試験の結果が報告された11)。なお, 含有する6A, de-O-acetylated 15B(15Cに構造が類似)との交差反応によって, 6C, 15Bに対する血清型特異的オプソニン活性もともに上昇する11)。
また, CRM19712)や改良キャリアタンパク質eCRM13)を用いた24価ワクチン(PPSV23含有血清型+6A)の, 免疫原性が前臨床試験で確認された。
ほか, 多重抗原提示システム(Multiple Antigen Presenting System: MAPSTM)と呼ばれる技術を用いた莢膜多糖体24種と肺炎球菌タンパク質2種を抗原とするワクチンも第1/2相臨床試験で忍容性, 免疫原性が示された14)。
新しい候補抗原を用いたワクチン
血清型によらず幅広く有効なユニバーサル肺炎球菌ワクチンの候補抗原として, 肺炎球菌表層タンパク質が注目されている。タンパク質抗原の利点は, T細胞依存性抗原であること, 肺炎球菌全体で保存性の高い共通のタンパク質であれば, 理論的には血清型置換様の事象を生じることなく, より広範囲の肺炎球菌に有効なこと, が挙げられる1)。
Ply(pneumolysin: 膜孔形成毒素), PspA(pneumococcal surface protein A: 補体の活性化阻害, 宿主への侵入促進), CbpA(choline-binding protein A: 補体の阻害, 細胞への付着定着に関与), PcpA(pneumococcal choline-binding protein A: 付着, バイオフィルム形成に関与), PhtD(polyhistidine triad proteins D: 補体の沈着阻害, 付着定着に関与)などが候補とされ, PlyやPspAを抗原として用いたワクチンは前臨床試験で感染防御能, 臨床試験において免疫原性, 忍容性が報告されている。さらにこれらを組み合わせたワクチン(第2相臨床試験)や全菌体ワクチン15)も検討されている。
異なる投与経路を用いたワクチン
経鼻ワクチンは, 全身免疫誘導とともに抗原特異的分泌型IgA抗体産生を中心とした粘膜免疫応答を誘導可能なことが大きな利点の1つである。前臨床試験にて経鼻PspAワクチン16,17)の免疫原性が示唆されている。
肺炎球菌感染症は依然として世界で疾病負荷は大きく, 今後も継続的な疫学評価とともに, より有効性, 安全性に優れたユニバーサルワクチンの実用化が期待される。
参考文献
- 佐藤 光ら, 日本化学療法学会雑誌 68: 518-531, 2020
- Klugman KP, et al., in Plotkin’s Vaccines 7th: 773-815, 2018
- MSD株式会社, バクニュバンス水性懸濁注シリンジ_1_1_インタビューフォーム, 2022
- Yildirim I, et al., Vaccine 29: 283-288, 2010
- Jansen AG, et al., Clin Infect Dis 49: e23-29, 2009
- Takeuchi N, et al., Epidemiol Infect 148: e91, 2020
- Tamura K, et al., Vaccine 40: 3338-3344, 2022
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- 鈴木英彦ら, Drug Delivery System 33: 43-49, 2018
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