国立感染症研究所

IASR-logo

コリネバクテリウム・ウルセランス感染症の発生状況について

(IASR Vol. 44 p25-27: 2023年2月号)

 

 コリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerans)感染症は, ジフテリア毒素を産生する, ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の近縁菌であるC. ulceransの感染によって起きる感染症である1,2)。ジフテリア毒素を産生することから, ジフテリアと同様の症状である呼吸困難, 嗄声(させい), 咽頭痛, 咳, 発熱, 上咽頭と喉頭前庭に白色偽膜等の呼吸器症状や皮膚潰瘍, 皮下潰瘍および所属リンパ節の腫脹や膿瘍を含む非呼吸器症状を示す1)。本稿では, このようなジフテリアと類似の症状を示すコリネバクテリウム・ウルセランス感染症の日本国内での発生状況について概説する。

 日本国内のコリネバクテリウム・ウルセランス感染症発生数(2010~2016年 厚労科研 新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業 動物由来感染症研究班, 2017~2022年 AMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 動物由来感染症研究班)の年次推移を, 2001~2020年までを5年ごとにまとめてとして表した。症例数は, 2001~2010年までの10年間は横ばい, 2011~2015年はそれまでの各5年間の1.8倍, 2016~2020年は前述の各5年間のさらに5.3倍の報告数となった。今までに国内で報告されたコリネバクテリウム・ウルセランス感染症について, 各症例の報告年月, 発生地域, 年齢と性別, 呼吸器症状, 非呼吸器症状の別, 重症度, 動物とのかかわりおよび予後をとして示した。発生地域は北海道から九州におよび, その発生地に偏りはなく全国から報告されている。また,呼吸器症状を示す症例が全体の2/3を占め, この症状を示す患者は高齢の女性が多く, 重症化する率も高い。死亡の2症例は呼吸器症状を示した女性であった。一方, 非呼吸器症状を示す年齢層は呼吸器症状を示す年齢に比べて若く, 男女比も女性に偏っていない。非呼吸器症状を示す患者の重症度は, 呼吸器症状を示す患者に比べて低い傾向がある。また, 患者と動物との関与はほぼすべての症例でみられ, ネコの飼育が多くを占めている。ここで, 同様の症状を示すC. diphtheriaeによる感染はヒトからヒトへの感染経路であるが, コリネバクテリウム・ウルセランス感染症は, 動物由来感染症であり, 菌は多くの哺乳類の種に感染し, ネコ, イヌ等からヒトへの感染が確認されている。ヒト-ヒト感染の可能性が否定できない1症例が報告されているが, 明確なヒト-ヒト感染の証拠を示す論文は出ていない。世界保健機関(WHO)では, ジフテリア毒素を産生するC. diphtheriae, C. ulcerans, Corynebacterium pseudotuberculosisの3菌種による感染症をジフテリアと定義している3)。一方, 日本では2類感染症のC. diphtheriaeによるジフテリアは患者の積極的疫学調査, 入院の勧告・措置や環境の消毒など行政の介入が可能で, 全発生数の届出義務が規定されており, これらの権限が規定されていないコリネバクテリウム・ウルセランス感染症とは明確に区別されている。2001~2002年にかけて千葉県でコリネバクテリウム・ウルセランス感染症の国内初発症例2例が相次いで報告され, 2002年11月に厚生労働省結核感染症課長より地方自治体衛生主管部, 医療機関に対して速やかな報告を依頼している4)。さらに, 厚生労働省(厚労省)より2018年1月にこの感染症に関するQ&A5)が発表されたこと, また, 死亡症例(2016年)がニュースで報道されたことで, 社会の関心が高まり, 多くの問い合わせが国立感染症研究所や厚労省, 動物病院などに寄せられた。これらは, 2016~2020年にわたり例年より多くの症例が報告された一因と考えられる()。

 海外でのコリネバクテリウム・ウルセランス感染症の発生状況を, 1986~2017年の英国での報告と, 2010~2017年のベルギーでの報告から比較した6-8)。英国では, 2009年までの報告ではC. diphtheriaeによるジフテリアの報告数が多く, コリネバクテリウム・ウルセランス感染症については著しい増減はなかった。動物との関連も, 滅菌不十分な生乳や牛からが中心であった。2010年からの報告では, ベルギーとともにネコやイヌといった伴侶動物からの感染が主体となっている。致命率は, 英国で6%と報告されており, 日本での36症例中2例死亡と同様であった。ベルギーの報告では死亡例はなく, 日本や英国に比べて非呼吸器症状の患者の割合が多い。国内での発生状況との比較を行うと, 2010年以降の英国での報告に類似する傾向があった。

 前段で述べたように, 国内ではジフテリアと異なり, コリネバクテリウム・ウルセランス感染症の感染症法による位置づけが決められていない。そのため症例の全数把握が行われていない。この感染症の実態を正確に把握するためには, WHOでジフテリアと分類される本感染症の法的な位置づけに向けたさらなる検討が期待される。

 

参考文献
  1. https://www.cdc.gov/diphtheria/index.html
  2. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/diphtheria/index.html
  3. https://apps.who.int/iris/handle/10665/352275
  4. 厚生労働省結核感染症課, 健感発 1120001号, 「コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈した患者に対する対応について」〔2002(平成14)年11月20日〕
  5. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000146031.html
  6. Wagner KS, et al., Epidemiol Infect 138(11): 1519-1530, 2010
  7. Gower CM, et al., Euro Surveill 25(11): 1900462, 2020
  8. Martini H, et al., J Med Microbiol 68: 1517-1525, 2019

国立感染症研究所        
 安全実験管理部        
  山本明彦 岩城正昭     
 細菌第二部          
  木村美幸 妹尾充敏 見理 剛

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version