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NDBを用いたHIV感染者/AIDS患者数集計

(IASR Vol. 44 p161-163: 2023年10月号)
 

ナショナル・データベース(NDB)は国が保有する医療データベース(DB)である。わが国の保険診療で発生した医療報酬明細書(レセプト)の内容の多くが格納されており, 国民が受けたほぼすべての医療情報が格納されている。レセプトを用いたDBは保険者別(地域や企業別)DBや商用DBなどさまざまあるが, NDBは日本国民全体を対象とした唯一かつ最大のレセプトDBである1)。一方, NDBは利用申請後すぐ使えるものではなく, 実用化までに一定以上の時間と技術を要する。また, NDBには傷病名や検査, 医療処置, 処方などの情報は格納されているが, たとえば検査結果の情報がないなどの限界がある。レセプトには便宜上つけられた傷病名(真ではない傷病名)もあるため, 患者数等の集計にあたっては, 傷病名と処方等を組み合わせることで真の傷病名に近づける工夫(疾患定義)が重要である。

筆者らはHIV/AIDSの臨床専門家とともに, NDBを用いてHIV/AIDSの治療を受けている患者を特定する疾患定義を開発し, 各種の患者数等を2019(平成31)年の第153回以降のエイズ動向委員会に報告している2)。通常の患者数調査は, 主に医療機関が調査票を記入する形式であり, 感染症法に基づく発生動向調査や, 厚労科研による拠点病院調査などはその一例である。NDBを用いた集計はレセプトに記載された情報の組み合わせにより患者数を集計する技法であり, いわば別の登山口から同じ頂を目指すものである。エイズ動向委員会提出資料では, 主に抗HIV薬の処方があった患者をHIV/AIDS治療中の患者と定義している。

表1は, 現在継続的に抗HIV薬の投薬診療を受けている患者数を年齢階級別に示したものである。具体的には, 下の期間A), 期間B)両方の期間に抗HIV薬が処方されている患者の数とした:

期間A)2018(平成30)年12月1日~2021(令和3)年11月30日の3年間

期間B)2021(令和3)年12月1日~2022(令和4)年3月31日の4カ月間

過去の一定期間(期間A)と直近(期間B)の両方に抗HIV薬が処方された患者を対象とすることで, 継続的かつ直近に受診している患者に限定した集計としている。なお, 同一患者が複数医療機関や複数都道府県にまたがって受診した場合の重複を回避するための名寄せは完了している。上記の期間Bにおいて, 継続的に受診して投薬を受けているHIV感染者/AIDS患者は, 全国で25,632人(男性23,924人, 女性1,708人)であった。また, 年齢階級別では全体, 性別ともに45~49歳が最多であり, その前後は逓減している。HIV感染者/AIDS患者数については, 過去から現在までの累積患者数が公表されているが, 死亡や受診中断が反映されていない点が課題である。本表は, 全国悉皆の受診情報であるNDBの特性を活かし, 「現時点において投薬治療を受けている患者数」を集計したものである。

HIV感染者/AIDS患者の重要な指標として死亡がある。表2は, 2014(平成26)年1~12月に抗HIV薬の投薬治療を受けていた患者18,175人をコホートとして追跡し, 2021(令和3)年末までの各年に何名が死亡したかをNDBで集計したものである。ここでいう死亡は, HIV感染症以外の原死因を含む全死亡である。2014(平成26)年に抗HIV薬の投薬治療を受けていた患者は毎年64-83人が死亡しており, 2021(令和3)年末における生存率(≒7年6カ月生存率)は96.9%であった。

NDBを用いた集計では, このほかにも, HIVと他の感染症(例: 梅毒)との重複感染や, 新規に投薬治療が開始された患者など, 種々の集計が可能である。本報告時点の技術においては, NDBの利用開始後の実用化が完了した状態となれば, 各種の全国集計はおおむね数時間~数日で完了する。

レセプトデータには集計上の限界があり, NDBで真の患者数/受診者数を把握することには限界があるが, (1)粗い集計定義で迅速に全国・各地の患者数等を出す速報的な集計, (2)できるだけ妥当性のある集計定義で精緻な患者数を継続的に算出するモニタリング目的, の2つの示し方があり, エイズ動向委員会への提出資料は後者となる。NDBを用いた新しい集計調査の技法は, 今後も各分野で広がるものと考えられる。

 

参考文献
  1. 野田龍也ら, 日本再生医療学会雑誌 18: 31-46, 2019
  2. https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/data/2023/2303/no160_noda_shiryo.pdf
奈良県立医科大学公衆衛生学講座
 野田龍也

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan