 注目すべき感染症
◆ 腸チフス2013年-国外渡航歴のない感染者の増加 (2013年10月2日現在)
腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)の感染によって起こる全身性感染症であり、通常は8~14日間の潜伏期の後、徐々に発症する。発熱が主症状で、悪寒を伴いながら階段状に体温が上昇し、稽留熱となる。また、比較的徐脈(高熱のわりに脈拍数が増えない)、バラ疹(高熱時に出現して数時間で消える)、肝脾腫が認められる。成人では下痢よりも便秘の頻度が高い。合併症として腸出血が十数%に認められる。重症度は軽症から重症まで様々である。感染可能な期間は、菌の排出が続く発症から回復期の間である。抗菌薬の内服を行わなかった患者の約10%では、発症後3カ月間菌の排泄が認められる。胆のうへの感染が持続しキャリアとなる症例は約2~5%である。また、抗菌薬の使用状況にもよるが、15~20%の患者で再燃することがある1)。
現在、日本における腸チフスは感染症法に基づく3類感染症として、無症状病原体保有者を含む症例の届出(疑似症患者は対象外)が、診断した全ての医師に義務づけられている。無症状病原体保有者は、探知された患者と食事や渡航を共にした者に対する調査などによって発見されるほか、他の疾患に伴う検査や、健診などにおいて発見されている。近年は、毎年20~35例前後が報告されており、その約7~8割は直近の海外渡航歴が明らかにされ、国外感染が強く疑われた症例(以下、国外感染例)である。2013年は9月末までで既に累積49例(うち国外感染30例)が報告されており、うち18例は発症前に明らかな海外渡航歴のない症例(以下、国内感染例)であり、2000年以降で最多となっている(図1)。診断月別にみると、国内感染例は毎月1~2例の報告が続いていたが、8月に3例、9月に7例と増加している(図2)。
2013年1~9月までの国内感染18例の内訳は、男性8例、女性10例(男女比1:1.3)、年齢中央値が33歳(範囲:2~83歳)であり、若年者(20代を中心とする)と高齢者(70代)の二相性のピークを示している(図3)。報告のあった都道府県は、東京都5例、埼玉県4例、神奈川県、京都府各2例、千葉県、三重県、兵庫県、岡山県、広島県各1例であった。
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図1. 腸チフスの年別・感染地域別報告数(2000~2013年9月) |
図2. 腸チフスの診断月別・感染地域別報告数(2013年1~9月) |
図3. 腸チフス国内感染例の性別・年齢群別報告数(2013年1~9月) |
8~9月に診断された10例に絞ると、7例が関東地方(埼玉県3、東京都2、神奈川県2)からの報告であった。また、1例の無症状病原体保有者(70代)を除いた9例中8例は50歳未満の有症状者であった。これらの症例について、推定される感染原因・感染経路はほとんどが不明であり、各症例間の疫学的関連性も今のところ不明である。
なお参考として、2013年1~9月にかけて、国内感染例から分離されたチフス菌のファージ型別、薬剤感受性検査は11例(11株)に対して行われており、ファージ型の結果はB1が3例(埼玉県2、千葉県1)、D2が2例(埼玉県1、京都府1)、A、E2、M1、39、UVS1、UVS4が各1例であった。薬剤感受性検査の結果は、1株(UVS1、東京都)がナリジクス酸耐性/シプロフロキサシン低感受性であった以外は、すべての株が検査されたすべての薬剤に対し感受性を有していた。同定された菌株のファージ型は多岐にわたり、これまでのところ特定の型の増加はみられていないが、8~9月に報告された感染者由来菌株の多くは未検査または未送付であるため、引き続き送付された菌株が解析される予定である。
2010年、米国では国外から輸入されたmamey(果実の一種)の冷凍果肉に関連した複数州にわたる腸チフスの集団発生が報告された2)。長期保存が可能な食品(輸入された食品や冷凍食品など)は長期にわたり感染源となり得る。近年、我が国では国外渡航歴のある患者の接触者や胆のうにおける長期保菌者と思われる場合を除くと、ほとんどの腸チフスは散発例で感染原因が不明である。
医療機関において、持続した発熱やその他特有な症状を呈して受診した患者を診察した医師は、鑑別診断のために腸チフスも念頭に置き、渡航歴に関する問診や検査の依頼を行う必要がある。また、保健所等において、国内感染例として届け出られた症例については、感染源に関する注意深い疫学調査が必要である。分離菌の解析は重要な情報を示唆する場合がある。渡航歴に加え、場合によっては同一株による広域発生の可能性も疑い、食品喫食歴の情報収集には工夫することが望ましい3)。
チフス菌の感染はパラチフス菌(Salmonella Paratyphi A)と同様にヒトに限って起こり、患者および無症状病原体保有者の糞便と尿、それらに汚染された食品、水、手指が感染源となり、経口的に感染する。海外の腸チフスの高リスク地域に渡航する者に対しては予防策としてワクチンが用いられることがあるが、基本的な感染の予防は、徹底した手洗い(食物を扱う前やトイレの後など)である。
1)APHA:Typhoid Fever/Paratyphoid fever, Control of Communicable Disease Manual 19th Ed.P664-667 2)CDC:Multistate Outbreak of Human Typhoid Fever Infections Associated with Frozen Mamey Fruit Pulp http://www.cdc.gov/salmonella/typhoidfever/ 3)国立感染症研究所IASR:3類感染症国内感染例の簡易調査票による追加調査について(報告) https://idsc.niid.go.jp/iasr/31/368/kj3681.html
国立感染症研究所 感染症疫学センター 齊藤剛仁 島田智恵 八幡裕一郎 砂川富正 大石和徳 細菌第一部 森田昌知 泉谷秀昌 大西真
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