速報
◆ 腸チフス 2011年(2012年2月29日現在)
腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)の感染によって起こる全身性感染症である。一般のサルモネラ感染症とは区別され、パラチフスとともにチフス性疾患と総称される。チフス菌の感染はヒトに限って起こるので、患者および無症状病原体保有者の便と尿、それらに汚染された食品、水、手指が感染源となり、経口的に感染する。通常は1~3週間の潜伏期の後、発熱で発症する。熱は段階的に上昇して39~40℃に達する。主要症状は発熱の持続で、他に特記すべき症状がないことが多い。比較的徐脈(高熱のわりに脈拍数が増えない)、バラ疹(高熱時に出現して数時間で消える)、脾腫が3主徴とされるが、これらの出現率は30~50%程度である。便秘、時には下痢のみられることもある。また、昏迷状態など意識障害を起こすこともある。合併症として腸出血、それに続く腸穿孔を起こすことがあるが、ニューキノロン薬が治療に使用されるようになってからは稀となった。しかし近年、ニューキノロン系薬低感受性菌の増加、耐性菌の出現が問題となっている(https://idsc.niid.go.jp/iasr/30/350/dj3501.html)。
腸チフスは感染症法(1999年4月施行)に基づく2類感染症として、疑似症患者、無症状病原体保有者を含む症例の届出が、診断した全ての医師に義務づけられた。その後、法改正(2007年4月施行)により3類感染症に変更され、現在は患者及び無症状病原体保有者が届出対象(疑似症患者は対象外)である。無症状病原体保有者は、探知された患者と食事や渡航を共にした者に対する調査などによって発見されるほか、他の疾患に伴う検査や、健診などにおいて発見されている。
2011年の報告数(診断週が2011年第1~52週のもので、2012年2月29日までに報告されたもの)は21例であった。過去の年間累積報告数は、2000年86例、2001年65例、2002年62例、2003年63例、2004年71例、2005年50例、2006年72例、2007年47例、2008年57例、2009年29例、2010年32例であり、2011年は感染症法施行以降の年間報告数として、最も少ない報告数であった(図1)。21例は、患者18例、無症状病原体保有者3例であった。無症状病原体保有者は、2例がそれぞれの同居家族に患者がおり接触者調査で発見され、もう1例は他疾患の精査時に発見された。
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図1. 腸チフスの年別・感染地域別報告数(2000~2011年) |
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全21例は男性12例、女性9例で、年齢中央値は32歳(2~90歳)であった。確定または推定として報告された感染地域は、国内7例、国外14例であった。死亡例の報告はなかった。
患者18例で報告された症状は、高熱17例、下痢13例、比較的徐脈7例、脾腫5例、便秘1例であった。バラ疹、腸出血、腸穿孔、意識障害、難聴、胆石、慢性胆嚢炎の報告はなかった(以上は届出様式に記載されていて選択された症状)。また、その他の症状として、頻尿・排尿困難・尿失禁1例、左腎盂腎炎・左水腎症1例の自由記載があった。
病原診断は届出基準に従い、細菌培養による菌の分離・同定により行われており、検体の種類は、患者(18例)では血液12例、血液および便1例、便2例、尿2例、大腸組織1例であった。無症状病原体保有者(3例)では便2例、胆汁1例であった。
国内を感染地域とする7例(男性3例、女性4例)について年齢群別にみると、10歳未満1例、20代1例、30代2例、70代2例、90代1例(年齢中央値36歳)であった(図2)。患者5例のうち発症月の記載があった3例の発症月は、5、6、9月であった(図3)。また、感染原因・感染経路については、3例がそれぞれ患者である同居家族からの接触感染であったが、残りの4例は不明であった。
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図2. 腸チフスの感染地域別・性別・年齢群別報告数(2011年) |
図3. 腸チフスの感染地域別・発症月別報告数(2011年) |
図4. 腸チフスの感染地域割合(2011年) |
国外を感染地域とする14例(男性9例、女性5例)について年齢群別にみると、10歳未満4例、10代1例、20代1例、30代4例、40代1例、50代1例、60代2例(年齢中央値32歳)であった(図2)。報告そのものが減少したこともあり、従来みられた20代と30代に多いという特徴は薄らいでいた。患者13例のうち発症月の記載があった12例の発症月をみると、1、8、12月を除いて毎月発症者の報告がみられており、目立った季節性は見られなかった(図3)。また、14例の感染地域別では、南アジアが11例(インド6例、ネパール2例、パキスタン2例、バングラデシュ1例)と最も多く、これは従来と同じであった。他は東南アジアが3例(フィリピン2例、タイ1例)であった(図4)。感染原因・感染経路については、渡航先での飲食物による経口感染と推定されたものが多かったものの、飲食物の詳細が記載されていたものはなかった。
予防のためのワクチンとしては、新世代の経口生ワクチン、および注射不活化ワクチン(莢膜多糖体ワクチン)があり、欧米先進国では流行地への渡航者を対象に接種されている。しかし、わが国ではいずれも未認可であるため、一部の医療機関や予防接種センターなどで、個人輸入により接種が行われている。ニューキノロン低感受性菌・耐性菌の存在、流行地への赴任者等での需要、ワクチンの安全性と有効性などから、今後わが国でも認可されることが望まれるワクチンである。感染症予防の基本は感染経路の遮断であるので、日頃から手洗いの励行を心がけ、流行地への渡航などでは生水、氷、生の魚貝類、生野菜、カットフルーツなどを避けることが肝要である。また、無理な旅行日程などによって体調をくずし、抵抗力を落とさないよう心がけることも大切である。
●薬剤感受性検査やファージ型別等の菌の詳細な検査は、治療上、疫学情報上有用であり、国立感染症研究所において検査を実施して動向監視しているため、菌株の提供を、保健所を通じて医療機関にお願いしています。結果は病原微生物検出情報誌http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr.html で隔月に掲載しているので、ご参照ください。また、http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr/511-surveillance/iasr/tables/1525-iasrb.html の「チフス菌・パラチフスA菌ファージ型」の箇所にも掲載されておりますので、あわせてご参照ください。
●他に、腸チフスの発生状況に関する情報として週報(IDWR)速報、病原微生物検出情報(IASR) 特集:腸チフス・パラチフスを参照できます。 http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ta/typhi.htmlからご覧ください。
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