国立感染症研究所

 

国立感染症研究所

2023年11月16日時点
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背景

  •    2020年以降、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行は継続しているが、世界保健機関(WHO)は2023年5月4日に国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)に該当しないことを宣言した。2023年11月8日現在、SARS-CoV-2の変異株はXBB.1.9系統、XBB.1.16系統など、BJ.1系統とBM.1.1.1系統の組換え体であるXBB系統が世界的に主流となっている(WHO, 2023a、covSPECTRUM, 2023)。

 

検出状況

  •    2022年に主流となっていたBA.2系統の亜系統で、過去に報告されたBA.2系統からスパイクタンパク質に30以上のアミノ酸変異を有するBA.2.86系統が、2023年7月にイスラエルとデンマークから報告され(GitHub, 2023)、その後、亜系統であるBA.2.86.1系統、BA.2.86.2系統、BA.2.86.3系統、JN系統、JQ系統が報告されている。2023年11月13日までに2,704件のBA.2.86系統(亜系統を含む)のゲノム解析結果がGISAIDに登録されており、多くは英国、フランス、スウェーデン、、デンマーク、スペインなど欧州からである(GISAID, 2023)。各国から登録されているBA.2.86系統の亜系統は、国ごとに状況が異なっており、英国、スペインではBA.2.86.1系統、フランスではJN.1系統、スウェーデンではJN.2系統が多くを占めている。また、いずれの国もBA.2.86系統の亜系統が急速に既存の系統から置き換わる状況には至っていない(covSPECTRUM, 2023)。
    ただし、GISAIDへの登録数は各国のゲノムサーベイランス体制に依存すること、ゲノム解析件数が世界的に減少傾向にあることから、解釈には留意が必要である。
  •    国内では週に1,000件以上のゲノム解析が実施されており、2023年11月6日時点で、国立感染症研究所ゲノムサーベイランスシステム(COG-jp)に2023年1月1日以降84,287件のゲノム解析結果が登録されており、うちBA.2.86系統が1件、BA.2.86.1系統が67件、BA.2.86.3系統が6件、JN.1系統が8件、JN.2系統が2件登録されている。JQ系統は登録がない(国立感染症研究所, 2023)。また、登録されている都道府県は関東、九州に多くみられるが、急速に既存の系統から置き換わる状況には至っていない。ただし、検体提出から登録・報告まで時間を要することから、直近数週間の登録情報の解釈には留意が必要である。

 

科学的知見

  •    BA.2.86系統は、スパイクタンパク質にBA.2系統と比較して30以上、XBB.1.5系統と比較して35以上のアミノ酸の違いがあり、XBB系統と抗原性が大きく異なり、ワクチンや感染による中和抗体による免疫から逃避する可能性が高くなる懸念が生じていた。現時点までに、XBB系統感染者の血清において、BA.2.86系統の中和抗体の免疫から逃避する可能性は、XBB.1.5系統やEG.5系統と同等である一方で、ACE2受容体への結合能が高いとの報告がある(Wang Q. et al., 2023, Lasrado N. et al., 2023)。そのほか、査読を受けていないプレプリント論文であるが、シュードウイルス、臨床分離株を用いた実験で免疫から逃避する可能性がXBB.1.5系統と同等であったとする報告がある(Hu Y. et al., 2023)。一方でXBB系統よりやや低いとする報告(An Y. et al., 2023、Qu P. et al., 2023)、やや高いとする報告(Yang S. et al., 2023)もあるが、いずれもXBB系統と比較してわずかな違いである。
  •    日本を含む複数の国で2023年9月以降にXBB.1.5系統対応1価ワクチンの接種が実施されている。ワクチンを生産、販売しているモデルナ社は、同社のワクチンによる追加接種により得られたBA.2.86系統に対する中和抗体価が、XBB.1.5系統に対する中和抗体価と同等であると報告した(Chalkias S. et al., 2023)。また、ファイザー社も、非臨床試験においてXBB.1.5系統対応1価ワクチン接種後の血清におけるBA.2.86系統に対する中和抗体価が、XBB.1.5系統に対する中和抗体価と同等であったと報告している(Pfizer, 2023)。これらの知見から、XBB.1.5系統対応1価ワクチンによる追加接種は、BA.2.86系統のSARS-CoV-2に対して、XBB.1.5系統と同等の有効性が期待できると考えられる。ただし、査読を受けていないプレプリント論文及び企業報告データであることに注意が必要である。
  •    検査への影響に関して、国立感染症研究所ではBA.2.86系統のゲノム解析結果から感染研PCR法におけるプライマー、プローブ配列に変異がないことを確認しているほか、米国疾病予防管理センター(CDC)も分子・抗原診断への影響は少ないとしている(CDC, 2023)。
  •    治療薬への影響に関して、CDCは複数の米国政府機関の専門家で構成されるSARS-CoV-2 Interagency Group (SIG)の意見として、 BA.2.86系統の有するアミノ酸変異からは、ニルマトレルビル・リトナビル、レムデシビル、モルヌピラビルなどの現在使用可能なCOVID-19に対する抗ウイルス薬はBA.2.86系統に対しても有効性が示唆されるとしている(CDC, 2023)。
  •    英国のケアホームで2023年8月に発生したBA.2.86系統のウイルスによるCOVID-19のクラスター事例では、オミクロン流行期初期、デルタ流行期の同様の事例と比較して入院症例の割合は高くなく、COVID-19に関連する死亡例はなかったと報告されている(Reeve L. et al., 2023)。ただし、疫学的、臨床的な知見は乏しく、感染性や重症度の上昇を示す知見は報告されていない。

 

各国、各機関による評価

  •    検出数は少ないものの、既存の変異株と比較したアミノ酸の違いが多いことから、WHOは8月17日に、欧州疾病予防管理センター(ECDC)は8月24日にBA.2.86系統を監視下の変異株(VUM:Variants Under Monitoring)に指定した(WHO, 2023b、ECDC, 2023a)。
  •    米国、英国、デンマーク、WHO、ECDCはそれぞれ評価を公表しており、欧米、アフリカ、アジアと世界的にウイルスが検出されていること、ゲノム解析件数が世界的に減少傾向にあることから、水面下で拡大している可能性があるものの、検出数が少なく評価は困難であるとしている(CDC, 2023、UKHSA, 2023、Denmark SSI, 2023、WHO, 2023b、ECDC, 2023b)。BA.2.86系統の評価のために、ウイルス学的、疫学的、臨床的知見、国内外での発生状況の監視を継続する必要がある。 

参考文献

 

注意事項

迅速な情報共有を目的とした資料であり、内容や見解は情勢の変化によって変わる可能性がある。  

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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