国立感染症研究所

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プール水が原因と推定された腸管出血性大腸菌O26 集団感染事例-長野県

(IASR Vol. 34 p. 132-133: 2013年5月号)

 

2012年8月、長野県東部の保育所で、プール水が原因と推定された腸管出血性大腸菌感染症O26:H11 VT1(以下「EHEC O26」)の集団感染事例が発生した。その概要を報告する。

2012年8月10日、医療機関から管轄保健所に、EHEC O26感染の患者(A保育所、3歳未満児のクラスの園児)1人の届出があった。保健所の疫学調査の結果、患者の通園する保育所のうち3歳未満児のクラスに有症者が多数いることが確認されたため、当初は3歳未満児のクラス関係者の検便を行った。その結果、多数のEHEC O26感染者が確認されたため、最終的に関係者ら330人の便(保育所の全園児および職員等 106人、接触者等 224人)について細菌学的検査を実施し、61人から当該菌を検出した()。

園児の発症状況等から7月25~27日の検食10検体について検査を実施したが、当該菌は検出されなかった。一方、発症者が7月27日~8月16日の間持続的に発生しており、保育所内での継続した感染も疑われたことから、環境5検体の検査も実施したところ、プールに入る前に足の砂を落とす金タライの水(以下「タライ水」)から当該菌を検出した。プールに入る準備として、パンツを脱がずにずらしたままお尻を洗われており、パンツに染み込んだ水がタライに滴り落ちる状況であった。また、お尻を洗った後再びそのパンツをはいてプールに入っていたことから、プール水も同様に汚染されたことが推察された。また、プールは塩素消毒がされていなかった。

そこで、タライ水と患者由来株のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を実施したところ、A~Cの3パターンに分類された()。このうち多数を占めたのは感染者由来53株とタライ水由来1株のAパターンであり、B、Cパターンは双方ともAパターンと1本の差異であったため、由来は同一である可能性が高いことが示唆された。

また、園児1人(X)および接触者2人からE. coli  O26 VT陰性株が3株分離された()。この3株についてEHEC O26代表株9株とともに下痢原性大腸菌の病原因子検索をPCR法により行ったところ、3株すべてからeae を、園児Xから分離した株からはastA も検出、EHEC O26代表株からはeaeastAを検出した。またこれら3株についてEHEC O26とともにPFGEを実施したところ、astAを保有していた園児X由来株はAパターンと同一パターンを示した()。このことから、このE. coli O26の1株は本事例の原因菌であるEHEC O26のVT遺伝子脱落株である可能性が高いと考えられた。

なお、別の園児1人(Y)は、保健所で検便を実施するとともに、医療機関で受診し、セフカペンピボキシルを投与された。EHEC O26陽性となり別の医療機関で受診した際、ホスホマイシン系抗菌薬に変更された。その際、医療機関で実施した検便からEHEC O26が分離され、この株の薬剤感受性試験を実施したところ、セファロスポリン系抗菌薬に耐性を示した。その後、10日後いったん陰性化したものの、20日後再度EHEC O26が分離された。ただしこの株はセファロスポリン系は感受性であった。これら3株についてPFGEを実施したところ、すべてAパターンであった。園児Yは、再度分離されたEHEC O26がセファロスポリン系感受性であること、陰性化確認から10日経過後の再感染までの間に周囲で他に感染者がいたことなどから改めて感染したものと考えられた。

本事例は、患者・感染者由来株とタライ水由来株のPFGEパターンが同一であったことから、プールを介して感染が拡大した可能性が強く示唆された。保健所の調査では、この保育所の衛生管理状況はあらゆる場面で不備が見られ、そのために起こった集団感染事例であると推察された。

なお、保健所が行った追加調査の結果、二次感染の起こった家族・接触者グループのリスク評価を行ったところ、風呂またはプールを共有していた者は、いずれも共有しなかった者に比べ相対危険度が4.9倍であったことから、消毒が十分に行われていない水を介しての感染の危険性についてあらためて認識した。

厚生労働省が2012年11月に改訂した「保育所における感染症対策ガイドライン」では、プール前のシャワーとお尻洗いの徹底が推奨されている。お尻を洗った水をプールに持ち込まないよう工夫することに加え、上記ガイドラインの「保育所で問題となる主な感染症とその対策:(3)腸管出血性大腸菌感染症(O157、O26 、O111等)」の項を参照し、低年齢児がよく使用する簡易プールでも適切な塩素消毒を徹底するよう指導していく必要がある。

また、感染症患者発生時の調査では、他の感染者の探知、接触者の二次感染防止に目を向けることは必須であるが、原因究明も重要であり、特に環境調査に重要性を感じた事例であった。

 

長野県環境保全研究所
  笠原ひとみ 上田ひろみ 宮坂たつ子 藤田 暁
長野県上田保健福祉事務所
    小野諭子 関 映子 松本清美 倉石雅彰 宮川公子
    (平成24年度所属による)

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