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高等学校寮における腸管出血性大腸菌感染症アウトブレイク事例―島根県

(IASR Vol. 37 p. 91-92: 2016年5月号)

腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症は下痢, 血便, 腹痛, 嘔吐等の消化器症状を呈する疾患で, 重症合併症である溶血性尿毒症症候群および急性脳症を呈する場合, 致命率が高い疾患である。2015年8月26日に島根県益田保健所管内のA高等学校の寮でEHECによるアウトブレイク疑いが医療機関より報告された。8月28日に1人の患者からEHEC O157 VT2が分離・同定され, 島根県健康福祉部薬事衛生課より国立感染症研究所(感染研)へ調査依頼がなされ, 2015年9月7日~9月10日に現地で感染研感染症疫学センター職員およびFETP(Field Epidemiology Training Program: 実地疫学専門家養成プログラム)のチームが益田保健所とともに疫学調査を行った。

調査は積極的症例探索, 聞き取り調査, 質問紙調査, 観察調査(立入検査), 細菌学的検査を行った。研究デザインは後ろ向きコホート研究を用いた。分子サブタイピングはMLVA(multilocus variable-number tandem-repeat analysis)法により解析を行った。

2015年8月1日~10月26日の期間に, A高等学校の寮生, 寮職員および野球部関係者(自宅生の野球部員, 野球部員家族等)において積極的症例探索が実施され, 確定例が35人(30%), 疑い例27人(23%), 保菌例35人(30%)が探知された。残り20人(17%)は無症状でかつ便培養陰性であった。症例(確定例, 疑い例, 保菌例)はすべて寮に在籍する生徒で, 寮職員, 調理員, 学校職員, 自宅生の野球部員はすべて無症状かつ検便検査でEHEC陰性であった。初発例の発症日は8月22日, 報告患者数がピークに達したのは8月27日であった。継続的に症例が報告されたのは9月1日までであり, 最終の症例の発症日は9月14日であった。

症例に共通した本事例に関連する曝露の場所は寮以外にはなかった。解析疫学では, 確定例を発症例とし, 無症状で便培養が陰性であった寮生を非発症例として解析した。寮の食事機会(朝食, 昼食, 夕食)別に8月20日夕食~8月24日夕食までの間が確定例の発症率が他の食事機会と比べ比較的高く, また発症と有意に関連している食事機会があった。これらのうち, 本事例との関連が疑われる牛肉が含まれていたメニューはミートローフ(8月20日夕食), カレー(8月23日夕食), 牛丼(8月24日昼食)であった。また, ある寮生は8月22日夕食のお好み焼きは生焼けだったと証言した。お好み焼きの豚肉は牛肉と同一のC精肉店から納入されていた。ミートローフとお好み焼きの調理はスチームコンベクションオーブンを使用していた。スチームコンベクションオーブンは中心温度の測定を行っておらず, 適切な使用がされていなかった。結果的には, 寮の食事の検食はすべて陰性であった。また, 寮の調理施設は調理マニュアルがなく, 調理記録がなされておらず, 定期検便にEHECの検査項目がなかった。寮の調理施設内の環境ふき取り, 寮施設および野球部グラウンドの水道水, 調理従事者の便もすべてEHEC陰性であった。

MLVA法による遺伝子解析において, 寮の症例株および益田市内(4例), 広島市内(1例), 山口県山陽小野田市内(1例)のEHEC届出患者からの分離菌株が同一のMLVAコンプレックスであった。関連自治体の協力を得て実施したさかのぼり調査より, 寮の食堂および市中の感染例6例のうち5例は同じ流通元(B社)からの牛肉の購入および喫食があり, 発症との関連が示唆された。

以上の所見より, A高等学校の寮でのEHEC O157 VT2アウトブレイクは, 汚染された牛肉および/または豚肉の調理不十分により発生した可能性が高いと考えられる。寮の調理施設は再発防止のためにマニュアルの整備, 調理状況や食材等の記録を行う必要がある。

上述の牛肉の流通元(B社)には, 係留所, と畜場, 食肉加工施設があることから, これらのいずれかで牛肉がO157 VT2に汚染された可能性が考えられた。しかしながら, と畜場はISO22000認証を取得していたことから, 係留所または食肉加工施設での汚染の可能性が高いと考えられた。一方, 豚肉がO157 VT2に汚染されていたとすれば, C精肉店においてB社からの牛肉との交差汚染が起こった可能性も否定できない。

A高等学校の寮では寮生の健康管理が十分に行われておらず, 体調不良の場合でも寮生や部員から寮の舎監および学校の教職員に対して申し出にくい状況であった。このため, 健康管理体制の充実が必要である。また, 寮の食堂においては, 調理作業工程に関するマニュアルの策定, 調理に関する記録, 調理用器具の適切な使用が必要である。調理施設および食堂での衛生的な調理や喫食ができていないため, 寮は寮生, 寮職員, 調理従事者への手指衛生の重要性や, その方法に関する普及啓発の実施およびその定着とともに, 手洗い場の増設が必要である。益田保健所は寮における定期的な衛生改善の監視および衛生改善の支援を行った。

謝辞:今回の実地疫学調査に御協力頂いた広島市衛生研究所, 広島市健康福祉局保健部保健医療課の皆様に深謝致します。

島根県益田保健所
 中村祥人 永井 元 竹田宏樹 坂本あずさ 寺井和久 村下 伯
島根県出雲保健所 
 柳樂真佐実
島根県浜田保健所
 柳楽大気 原 彩香 昌子暢賢 田部貴大 西村圭祐 城市 幸 高橋起男
島根県保健環境科学研究所
 村上佳子 川瀬 遵 川上優太 林 芙海 角森ヨシエ
島根県健康福祉部薬事衛生課 
 糸川浩司
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース
 安藤美恵 河端邦夫
国立感染症研究所感染症疫学センター
 八幡裕一郎 松井珠乃 砂川富正 大石和徳
国立感染症研究所細菌第一部 
 泉谷秀昌

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