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B型肝炎ワクチン定期接種開始前の日本における小児のB型肝炎ウイルス感染疫学

(IASR Vol. 37 p. 152-153: 2016年8月号)

2016年10月から, B型肝炎ウイルス(HBV)ワクチンが定期接種化され, 全出生児を対象に, 生後12か月までに3回接種することが決定された。本稿では, 2013~2015年度に厚生労働科学研究費補助金による研究班で行われた小児のHBV感染疫学調査1)の概要を記し, 定期接種化の意義とHBV感染予防の今後の課題について考察する。

日本では, HBVキャリアの主要な感染経路であった母子(垂直)感染に対して, 世界に先駆けて1985年から母子感染防止事業が開始された。この結果, 1986年以降に出生した集団における小児期のHBs抗原陽性率は0.02~0.06%まで激減した2)。この予防処置を完全に実施できれば, 94~97%と高率に母子感染を防ぐことができることも明らかにされた。一方, 病院ベースの調査では, 近年も, 胎児感染例, 妊婦健診および予防処置の不徹底, 産科・小児科の連携不足による不完全実施, さらに父子感染など家族内の水平感染が原因となるHBVキャリアが存在することが報告されている3)。また, 思春期以降の性感染症として, 従来日本に存在しなかった遺伝子型AのHBV感染の広がりも問題となっている4)。このような中, HBVワクチン定期接種導入の前提として, 健常小児におけるHBV感染の実態調査が求められた。近年, 化学療法や免疫抑制剤・生物学的製剤の使用によりHBs抗原陰性かつHBc抗体陽性例からもde novo肝炎が発症することが問題となっていることから, 今回の調査ではHBs抗原に加えて, HBc抗体もあわせて測定した。

調査の対象集団としては, 小児期のHBV感染の全体像を把握するために, 調査目的ごとにそれぞれ適切な集団を選んだ。すなわち一部地域における全数調査を目的に, ①小学4年生を対象とした小児生活習慣病予防健診の残余血清を用いた検討(岩手県・茨城県), HBV感染率の地域差や年齢差を明らかにするために, ②国立感染症研究所が全国から収集した血清(血清銀行)を用いた調査, および③小児の病院受診者, 特に成人に感染者が多いとされる大都市・北海道・九州地方を中心とした多施設共同研究を行った1)

HBs抗原陽性は, ①の岩手県, 茨城県は各々7,662名, 8,125名を調査して0%, ②では3,000名中5名が陽性で陽性率0.17%, ③では8,453名中4名が陽性で陽性率0.047%であった。仮に①~③を合算すると9名/27,240名=0.033%(95%信頼区間;0.011-0.055%)であり, 健常小児におけるHBs抗原陽性率は, 母子感染防止事業開始により著減した以降は明らかな減少がみられていないことが判明した。

HBc抗体陽性率は, 上記①②③を合算すると125名/ 24,639名=0.51%であり, HBs抗原陽性の10倍以上存在することが明らかとなった。また, 陽性率に明らかな地域差, 年齢差はみられず, 小規模感染が散在していると想定され, 健常小児集団の通常の生活の中でもHBVに曝露されている可能性が考えられた。

適切なHBV感染予防策を検討するために, 健常人集団における主たるHBV感染経路を明らかにする必要がある。このため, 若年初回献血者のデータを用いて, 田中らの数理モデル5)に準拠して, HBs抗原陽性者における垂直:水平感染比率を推計した。このモデルでは, 母子感染予防開始前は, 母親HBe抗原陽性の場合の母子感染率は90%, HBe抗原陰性では10%, 母子感染予防処置導入後は95%で予防処置に成功して5%が母子感染すると仮定した。垂直感染:水平感染比率は, 母子感染防止事業開始前(1981~1985年)に出生した若年献血者では1:0.41と, 垂直感染による感染者が多くを占めたが, 母子感染防止事業開始後(1986~1990年)に出生した献血者では, 垂直感染例が激減し, 1:3.29と逆転した。すなわち, 現在の健常若年成人(献血者)では, 水平感染によるHBs抗原陽性者が多くを占めていた。したがって, 母子感染予防の非対象者に対して定期接種を導入できれば, この水平感染を防ぐことによって, HBV感染による社会的疾病負荷をさらに軽減できると期待された。

定期接種化導入前のB型肝炎ワクチンの接種率を推定するために, HBs抗原・HBc抗体ともに陰性の検体で, HBs抗体保有率を検討した。2013~2015年度に行った茨城県・岩手県の小学4年生の生活習慣病健診の検体では, HBs抗体単独陽性率は1.0~1.5%であった。病院受診者を対象とした多施設共同研究では, 1歳53%, 2歳28%であったが, これ以上の年齢では, HBs抗体単独陽性率は10%以下と, 極めて低い結果であった1)

日本のHBV母子感染防止事業は, 母親の意識の高さや, 産科・小児科医の努力などにより大成功をおさめ, 小児のHBs抗原陽性者は激減した。しかし感染症のリスクは, 生活様式の変化などにより変遷する。疫学研究から, HBV母子感染防止事業開始後の1986年以降に出生した若年者におけるHBs抗原陽性者の感染経路は主として小規模な水平感染であることが明らかとなり, 全国民を対象としたHBV水平感染予防の重要性が示された。

今回, 2016(平成28)年4月以降に出生した児に定期接種を行うことが決定されたが, HBV感染予防対策として, これのみでは不十分なことは明らかである。これまでのHBVワクチン接種率が極めて低いことから, 流行が問題となっている若年成人の急性B型肝炎を防ぐために, 思春期の任意接種を普及させる取り組みが, 是非必要である。また, 同居家族にHBV感染者がいる場合は, 直ちにワクチン接種を行うべきである。小児期の課題としては, スムーズな定期接種の定着, 大きな成果を挙げている母子感染予防の徹底, キャリア化しやすい乳幼児への任意接種の推進があげられる。

 

参考文献
  1. 厚生労働科学研究費補助金 肝炎等克服対策研究事業「小児におけるB型肝炎の水平感染の実態把握とワクチン戦略の再構築に関する研究」平成25~27年度総合研究報告書 研究代表者 須磨崎 亮
  2. 白木和夫, IASR 21: 74-75, 2000
  3. 厚生労働科学研究費補助金 肝炎等克服対策研究事業「B型肝炎の母子感染および水平感染の把握とワクチン戦略の再構築に関する研究」平成21~23年度総合研究報告書 研究代表者 森島恒雄
  4. 四柳 宏, 他, 肝臓 53(2): 117-130, 2012
  5. Seto T, et al., Hepatol Res 44(10): E181-188, 2014

        
筑波大学小児科 酒井愛子 田川 学 須磨崎 亮

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