B型肝炎ワクチンの定期接種について
(IASR Vol. 37 p. 156-157: 2016年8月号)
はじめに
B型肝炎はB型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus: HBV)の感染によって引き起こされ, 感染者が1歳未満の場合90%, 1~4歳の場合は20~50%, それ以上の年齢では1%以下で持続感染状態(キャリア)に移行する1)。そのうち10~15%が慢性肝炎に移行し, さらにそれらの10~15%が肝硬変, 肝がんに進行するとされている1)。またHBVは遺伝子レベルでの分類が行われ, A型~J型まで10種類の遺伝子型(ゲノタイプ)が同定され, この遺伝子型には地域特異性があること, 慢性化率など臨床経過に違いがあることが知られている2)。
世界保健機関(World Health Organization: WHO)ではHBVに関連した肝硬変・肝がんの発生を減少させるため, 世界規模でのHBV感染のコントロールを目指し, 1991年にB型肝炎ワクチンのユニバーサルワクチネーションを全世界の国々が実施するよう勧告した。その結果, 2014年までに184の国で, 乳幼児の予防接種が導入されることとなった3)。また接種率80~90%前後のユニバーサルワクチネーションを達成した国では, 急性B型肝炎の減少を報告している4)。
日本におけるこれまでの経緯
1. B型肝炎母子感染防止事業
わが国ではHBVキャリアの新たな発生の根絶を目指し, 1985年6月よりB型肝炎母子感染防止事業として, すべての妊婦のHBs抗原検査, HBs抗原陽性の妊婦に対するHBe抗原検査を開始し, 1986年にはHBVキャリアから生まれる児を対象として, 公費によるHBs抗原検査, B型肝炎ワクチンおよび抗HBs人免疫グロブリン投与を開始した。また, 1995年度にHBs抗原陽性の妊婦に対するHBe抗原検査, HBs抗原陽性の妊婦から出生した児に対するHBs抗原検査, B型肝炎ワクチンおよび抗HBs人免疫グロブリン投与の処置は健康保険給付の対象となったことに伴い, 助成対象が見直され, HBs抗原検査に係る費用のみが助成対象となった。その後1998年度に, B型肝炎母子感染防止事業は一般財源化された。この事業によって日本の乳幼児におけるHBV感染率は大幅に下がり, 母子感染防止事業の開始10年後となる1995年には, 母子感染によるHBVキャリア化率は0.26%から0.024%にまで低下している5)。
2. 国内での水平感染
母子感染防止事業により母子感染によるHBVキャリアは減少してきた一方で, 小児において, 過去の感染を示すHBc抗体陽性者は, HBs抗原陽性者の数倍以上存在することなどから, B型肝炎ウイルスに曝露する小児が一定程度いるものと考えられる。また, 17~21歳においても, 同様の傾向がみられる一方で, HBs抗原, HBc抗体の陽性率に小児との大きな差異を認めないことから, 幼少期に小児で水平感染が生じている可能性などが考えられている6)。
B型肝炎ワクチンの定期接種化
1. ワクチン・ギャップ
わが国では, 予防接種の副反応の問題等を背景に予防接種行政に慎重な対応が求められてきた経緯から, WHOが推奨しているワクチンが予防接種法の対象となっておらず, 他の先進諸国と比べて公的に接種するワクチンの数が少ない等の, いわゆる「ワクチン・ギャップ」の問題が生じている。B型肝炎ウイルスワクチンは, 2012年5月の厚生科学審議会(第22回感染症分科会予防接種部会)等において,「広く接種することがのぞましい」とされたワクチン・ギャップにあてはまる7つのワクチンの一つであり, 2013年3月の予防接種法改正の参議院附帯決議において,「定期接種の対象とすることについて検討し, 平成二十五年度末までに結論を得ること。」とされた。また, 2014年3月に告示された「予防接種に関する基本的な計画」においても, ワクチン・ギャップの解消が目標の一つとされた。
2. B型肝炎ワクチンの効果
わが国で薬事法上の承認を受け使用可能なB型肝炎ワクチンは, 組換え沈降B型肝炎ワクチン(酵母由来)(一般財団法人化学及血清療法研究所の製造する「ビームゲン」とMSD株式会社が製造する「ヘプタバックス-II」)である。通常3回のワクチン接種が行われ, その効果の持続については個人差があるものの, 20年以上続くと考えられている4)。「ビームゲン」は遺伝子型C由来,「ヘプタバックス-II」は遺伝子型A由来であるが, 遺伝子型が異なるワクチンを使用した場合であっても, 交差反応が認められていることから, いずれのワクチンを接種しても両方の遺伝子型に有効性が期待される。
また, 上述の通り, 多くの国や地域で, すべての児を対象としたユニバーサルワクチネーションが, また日本を含むいくつかの国や地域でHBVキャリアから生まれた児を対象としたセレクティブワクチネーションが実施されている。ユニバーサルワクチネーションはキャリア率の低下および急性肝炎の減少に大きな効果をあげており, わが国においても母子感染防止事業に加え, 定期接種としてユニバーサルワクチネーションを導入することについて, 厚生科学審議会において議論がなされてきた4)。
3. B型肝炎ワクチンの定期接種化
これら国内外の経緯から, 2016年2月の厚生科学審議会(第8回予防接種・ワクチン分科会)において, B型肝炎ワクチンを2016年10月1日より定期の予防接種に位置付けることが了承され, 2016年6月の「予防接種法施行令の一部を改正する政令及び予防接種法施行規則及び予防接種実施規則の一部を改正する省令の公布について」において, 定期の予防接種の対象疾病として, B型肝炎をA類疾病に追加することとなった。接種年齢が若い程, 良好な免疫応答が得られることや, 小児期における水平感染を予防する目的等から, 予防接種の対象者は1歳に至るまでの間にある者(ただし, 平成28年4月1日以後に生まれた者に限る)とされた。標準的な接種期間としては, 生後2月に至った時から生後9月に至るまでの期間とし, 27日以上の間隔をおいて2回接種した後, 第1回目の注射から139日以上の間隔をおいて1回接種することとなっている。
参考文献
- B型肝炎ワクチンに関するファクトシート(第11回感染症分科会予防接種部会 資料2)
- http://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/321-hepatitis-b-intro.html
- http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs378/en/
- B型肝炎作業チーム報告書(第6回感染症分科会予防接種部会ワクチン評価に関する小委員会)
- 白木和夫, わが国における B型肝炎母子感染防止の経緯とuniversal vaccinationの必要性について, 小児感染免疫 21(2): 149-157, 2009
- B型肝炎ワクチンの技術的検討について(第6回予防接種・ワクチン分科会 資料3)〔厚生科学研究(須磨崎班)の研究結果概要〕