国立感染症研究所

IASR-logo

アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシー

(IASR Vol. 38 p.72-74: 2017年4月号)

1.アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシーとは?

魚類の摂取機会が多いわが国では, “青背の魚を食べると蕁麻疹が出る” ことが遠い昔から半ば真実のように言われてきた。その原因として, 1)魚の蛋白自体に抗原性が存在する, 2)魚類に含まれるヒスチジンが微生物の作用によってヒスタミンに変化する, などの可能性が疑われていた。しかし, 粕谷らは, サバ摂取後に蕁麻疹を発症した患者と健常人各11人に対してサバおよびアニサキスの抽出液を用いたスクラッチテストを行い, 健常人群ではアニサキス抽出液に対する陽性は1例のみであったのに対して, 蕁麻疹患者群では全例でアニサキス陽性かつサバ陰性との結果を示した1)。この報告以降,魚類摂取後に生じる蕁麻疹の大部分は, アニサキスに対するアレルギーに起因するとの考え方が主流となった。

 一方, アニサキスアレルギーによる代表的な疾患は消化管アニサキス症で, 魚類摂取後, 数時間~10数時間に悪心・嘔吐・強烈な腹痛などが発現する。消化管アニサキス症の発症機序として当初は毒性反応などが疑われていたが, その後, アニサキス刺入部での好酸球増多, 発症患者における血清中のアニサキス特異的IgE抗体の有意な上昇などからI型アレルギーの関与が疑われるようになった2)

2.アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシーにおける問題点

アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシーを理解するために, 自験例等を通じて問題点を整理した。

1)アニサキスのアレルゲンコンポーネントの臨床的意味

近年, 様々なアレルギー疾患に対し, より精度の高い診断結果を得るために, コンポーネントレベルでのアレルゲンの検討が始まっており, これはcomponent-resolved diagnosis(CRD)またはmolecular allergology(MA)と称される。アニサキスのアレルゲンのコンポーネントとしては, Ani s 1~Ani s 14およびトロポニンC(Tn C)の合計15種類の分子種が同定されている()。ただし, これらのアニサキスアレルゲンコンポーネントの各々が持つ臨床的意義はほとんど解明されていない。

消化管アニサキス症では, アニサキス虫体の分泌抗原であるAni s 1が原因抗原であるとの説が有力である3)。これに対し, 蕁麻疹・アナフィラキシーの原因抗原は特定されていない。かつては無脊椎動物の筋肉の成熟核細胞中に広く存在するトロポミオシンAni s 3が原因抗原であると考えられていたが, これに否定的な見解も報告されている4-6)。また, 我々は以前に, トロポミオシンと同じく筋由来の蛋白であるAni s 2のパラミオシンが原因抗原である症例を報告した7)。したがって, 恐らく蕁麻疹・アナフィラキシーの原因となるアニサキスアレルゲンコンポーネントは単一ではなく, 複数の抗原が発症に関与して, 多彩な臨床像が発現すると推測している。

アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシー症例(7例)で, 各アレルゲンコンポーネントを用いて免疫応答を解析したところ, 多数のコンポーネントに対して陽性を示したが, 全症例が陽性だったのはAni s 12であった。Ani s 12とは反復構造を有し, アミノ酸295個からなる31~33 kDaのアニサキス特有の蛋白質である8)。今後, アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシーを呈する症例に遭遇した際には, Ani s 12を加えたコンポーネント解析を行い, 症例ごとの成績を比較・解析する必要があろう。

2)アニサキスと回虫との交差反応

アニサキスアレルギーによるアナフィラキシーとの診断に基づき,魚類の摂取は控えていたが, 肉類の内臓料理(ホルモン焼き)の喫食後にアナフィラキシーを呈した症例を我々は報告した9)。本例はアニサキスのみならず, 回虫に対しても特異的IgEが陽性であった。2種類の近縁な線虫のうち, まずアニサキスに感作され, 回虫にも交差反応を示した症例と思われた。ただし, アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシーの全症例で, 回虫との交差反応が確認されてはいない。先にも述べた筋由来蛋白であるAni s 2のパラミオシンやAni s 3のトロポミオシンが原因抗原の場合も, 交差反応が生じると考えられるが, 近年はAni s 9による交差反応が注目されている。Ani s 9とは, 分泌液中に産出される耐熱性の約14 kDaの物質であり, SXP/RAL-2 familyに属し, 回虫のアレルゲンであるAS-14とアミノ酸配列で約60%の相同性を有する10)。今後, アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシー症例に遭遇した際には, 内臓料理の喫食にも留意するように, 患者指導を行うべきである。

3)アニサキスアレルギーによる遅発性蕁麻疹・アナフィラキシー発症の可能性

アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシーは, いわゆる即時型アレルギーの機序で生じ, 魚類摂取直後に症状が発現する。これに対して, 消化管アニサキス症の場合は, 魚類生食後, 数時間~10数時間に発症し, いわゆる遅発性の機序での発症となる。遅発性IgE介在型アレルギー(late-onset IgE-mediated allergy)とは, 本来は即時型で生じるべきIgEに起因したアレルギー反応が何らかの理由により10時間前後を経過してから生じる場合をいう11)。消化管アニサキス症が遅発性アレルギーの機序で発症するのは, アニサキスの分泌抗原であるAni s 1がその原因であるためで, Ani s 1の消化管粘膜内侵入には時間を要し, 臨床症状が遅延して発現するからだと考えられる。したがって, 分泌抗原が原因である場合, アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシーも遅発性に発現する可能性がある。遅発性の機序が疑われた2症例についてコンポーネント解析を行ったところ, いずれも分泌抗原であるAni s 9が陽性であった。このため, 原因不明の蕁麻疹・アナフィラキシー症例に遭遇した場合には, 魚類等の摂取の有無を半日以上前まで遡って問診し, 摂取歴がある場合にはアニサキスや回虫に対する特異的IgEを測定すべきである。

3.おわりに

アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシーについて, 特にその問題点を整理した。現状ではアレルゲンコンポーネントの測定が困難なので, 発症メカニズムの理解や臨床面での対応が十分ではない。アニサキスアレルゲンコンポーネントの測定が容易に選択できる環境を整備して, 本症の疾患概念を十分に理解する必要がある。

 

参考文献
  1. Kasuya S, et al., Lancet 335: 665, 1990
  2. 橘 眞理ら,日消誌 83: 2132-2138, 1986
  3. Daschner A, et al., Curr Opin Allergy Clin Immunol 5: 281-285, 2005
  4. Asturias JA, et al., Allergy 55: 898-899, 2000
  5. Bernardini R, et al., Int J Immunopathol Pharmacol 18: 671-675, 2005
  6. Gamboa PM, et al., J Investig Allergol Clin Immunol 22: 13-19, 2012
  7. 原田 晋ら, 皮膚病診療 33: 483-486, 2011
  8. Kobayashi Y, et al., Parasitol Int 60: 144-150, 2011
  9. 原田 晋ら, 日皮アレルギー 6: 157-163, 1998
  10. Rodriguez-Perez R, et al., Mol Biochem Parasitol 159: 92-97, 2008
  11. 猪又直子, MB Derma 229: 49-55, 2015 

 

はらだ皮膚科クリニック 原田 晋
東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科 小林征洋

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version