わが国における肺吸虫症の発生現況
(IASR Vol. 38 p.76-77: 2017年4月号)
肺吸虫は基本的には, 第2中間宿主の淡水産カニを感染源とする食品媒介蠕虫である。本虫の分布地は, アジアを中心にラテンアメリカやアフリカに存在し, 日本も分布地の一つに含まれる。症例発生の原因となる肺吸虫の種類は, わが国ではウェステルマン肺吸虫および宮崎肺吸虫の2種である。肺吸虫に感染すると, 虫体は胸腔・肺に移行してさまざまな呼吸器症状を引き起こすが, その臨床症状や画像所見は肺癌や肺結核と類似するために, 類症鑑別の重要性が常に指摘されてきた。また, 神経系への虫体侵入により, 重篤な症状を呈する症例も報告されている。
本邦で発生する肺吸虫症の正確な患者数は不明であるが, 国立感染症研究所寄生動物部や国内の大学・民間検査機関等における本症の血清診断や分子同定の件数を合計すると, 年間に50~60例前後の症例の発生が推測される。そこで, 人体症例の発生状況(地方別・性別・国籍別)と原因虫種・原因食品の概要を知るために, 「肺吸虫(症)」をキーワードとして医中誌Webを検索し, 文献資料261報に記載された488例を抽出して解析を行った1)。
その結果, まず患者の発生は九州(沖縄を含む)で最も多く(55%), 次いで関東であった(20%)。九州では患者の約3分の2(62%) を日本人男性が占めたのに対し, 関東では患者の多くが外国人女性で(41%), その中でも東南アジアの出身者が大多数に上る(79%)という特徴を認めた。原因虫種に関しては, 不明・未同定を除いた399例について調べたところ, ウェステルマン肺吸虫が84%を占め, 宮崎肺吸虫は16%にとどまった。なお関東では, 宮崎肺吸虫症の割合が他の地方より高い傾向にあった(関東29%, なお近畿も31%と高い)。他の症例解析でも, 同様の特徴が報告されている2)。
原因食品に関しては, 不明を除いた344例について調べたが, 淡水産のカニが過半数を占め(59%), 次いでイノシシ肉であった(33%)。淡水産のカニを原因食品とする肺吸虫症例の割合は関東で極めて高く(94%), その一方, 九州ではイノシシ肉を原因食品とする症例が半数を超えた(52%)。これらの結果から, 関東で目立つ外国人女性の症例は日本産のサワガニを非加熱で使う出身国の料理を摂食して宮崎肺吸虫に感染し, 九州では日本人, 特に男性(主にイノシシ猟師やその関係者)が地元の食習慣に則しイノシシ肉を非加熱で摂食してウェステルマン肺吸虫に感染していると推察された。なおイノシシ(待機宿主)の肉を感染源とする症例は海外では報告がなく, わが国の肺吸虫症の特徴の一つである。
実際の感染源調査でも汚染は確認され, 東京都内で食用として販売されたサワガニについて肺吸虫の寄生状況を調査したところ, 検査したサワガニ(n=266)の17%から肺吸虫の幼虫が検出され, その93%が宮崎肺吸虫であった3)。また, イノシシについても食用として販売された九州産の検体の33%(15/45)からウェステルマン肺吸虫の幼虫が検出され(鹿児島は29%, 大分は43%), シカ肉からも本幼虫が発見された (鹿児島で検査した100検体中の1検体, 表)4)。シカ肉を原因食品と推定する症例が報告されており, 感染源としての重要性が指摘されている5)。このようにサワガニやイノシシ肉・シカ肉の肺吸虫汚染は継続していることから, 肺吸虫症が発生する地域を中心に, 感染源となる食品の汚染状況や肺吸虫症の危険性についての啓発を徹底する必要がある。またこれらの食材は広域に流通していることから, 本症の発生予防に関する全国的な注意喚起にも取り組む必要がある。
参考文献
- 杉山 広ら, 臨床と微生物 41: 373-378, 2014
- Nagayasu E, et al., Intern Med 54: 179-186, 2015
- Sugiyama H, et al., Jpn J Inf Dis 62: 324-325, 2009
- 杉山 広ら, Clin Parasitol 27: 40-42, 2016
- Yoshida A, et al., Parasitol Int 65: 607-612, 2016