と畜検査と寄生蠕虫
(IASR Vol. 38 p.78-80: 2017年4月号)
家畜由来の食肉は, と畜場法および家畜伝染病予防法に基づき, と畜検査員である地方公務員の獣医師によって1頭ずつ検査を受けた後に消費者に届く。と畜検査で異常があれば, 全部廃棄あるいは部分廃棄されるため, 食肉として流通することはない。判断に迷う場合は, 検査保留とし, 微生物学, 病理学, 理化学などの精密検査により病性鑑定が行われる。
と畜場に獣畜が搬入されると, と畜検査員はまず生体を観察し, 望診, 視診, 触診などから異常の有無を確認する。異常があれば, この段階でと殺禁止となる。次いで, と殺時に解体前検査を行い, 放血時の血液性状などを観察する。ここで異常があれば, 解体禁止措置がとられる。と体から外された頭部の外観, 触診を行い, 眼球, 舌, リンパ節などの検査後, 剥皮したと体表面の異常の有無について確認する。この後, 内臓が取り出され, 心臓, 肺, 肝臓, 膵臓, 消化管, 腎臓および付属するリンパ節などについて, 必要に応じて刀割を入れながら検査していく。腸内細菌による食肉の汚染防止のため, 外観や触知による異常がなければ消化管を切り開くことはしない。このため, 消化管内寄生虫については, 内臓処理業者による作業過程で発見され, 報告を受けることがほとんどである。背割りされ枝肉となった後, 体表, 体腔, 筋肉, 骨などに炎症や水腫, 腫瘍などの問題がなければ, 検査合格となり検印が押され, 食肉として流通していく。ここからは食品衛生法の範疇となる。
と畜場法施行規則に記されている廃棄の対象となる寄生蠕虫症は, 全部廃棄では 「旋毛虫病, 有鉤嚢虫症, 無鉤嚢虫症(全身にまん延しているものに限る。)」とされており, 部分廃棄は全部廃棄以外の寄生虫症で寄生虫を分離できない部分について行われる。国内の家畜から旋毛虫が検出されたことはないが, 無鉤嚢虫は国内でも報告されている。神奈川県での肉用牛の集団発生例では, 全身の筋肉に無鉤嚢虫が分布していたため, と畜検査で71頭もの牛が全部廃棄となった1)。価格の高い肉用牛が全部廃棄になると, 農家の損失も非常に大きなものとなる。これら以外の寄生蠕虫種は, 基本的に部分廃棄の対象である。実際にと畜検査で遭遇する寄生蠕虫にはどのようなものがあるのか, 厚生労働省の食肉検査等情報還元調査の疾病別頭数をみても, 種類までは明らかではない。しかし各自治体の食肉衛生検査所事業概要と照らし合わせてみると, 疾病別頭数の豚の寄生虫病の中のその他に計上されているほとんどが豚回虫で, 牛では寄生虫病のジストマが肝蛭に相当していることがわかる。ここでは, この2種について述べる。
豚回虫
肝臓のミルクスポットとして検出される(図1)。このため, 寄生虫ではなく, 間質性肝炎として計上している検査所もあり, 病類の全国的な統一が待たれる。余程の異常がない限り, 検査員が腸管を開くことはないが, 外観から明らかに豚回虫の寄生が見て取れることもある(図2)。このような腸管は廃棄対象となる。農家によって豚回虫の感染率は著しく異なり2), 蔓延している養豚農家では, 出荷されてきた1ロットすべての肝臓がミルクスポットで廃棄されることも珍しくない。豚回虫によるヒトの幼虫移行症が報告されているが, この原因は豚肉ではなく, 豚回虫の幼虫を宿した待機宿主としての牛や鶏由来の食肉の生食が疑われている3,4)。豚自体が牛や鶏の飼育環境にいなくても, 虫卵を含む豚糞堆肥が流通し, 様々な場所で使われることが一因ではないかと考えられる。牛や鶏の筋肉や肝臓中に豚回虫の幼虫が存在しても, 肉眼検査での検出は限界があり, 肉の生食のリスクとして留意する必要があろう。
肝 蛭
全国的にと畜場での検出数は激減しているが, 一部の農家では, 現在も感染が続き, 決して過去の寄生虫ではない5)。一方, ニホンジカでは高い感染率が報告されており6), 鹿個体数の増加と放牧地や圃場への侵入による牛への伝播が気になる。と畜検査で肝蛭虫体が検出されれば肝蛭症として, 胆管の肥厚のみで虫体が見つからなければ胆管炎(図3)で計上され, いずれも肝臓は廃棄される。牛のジストマとして計上されているのが肝蛭のはずであるが, そもそもジストマという言葉自体に馴染みのない世代のと畜検査員が増えている昨今, 用語の見直しが望まれる。ヒトへの感染は, と畜検査で検出可能な成虫ではなく, 生レバーに含まれる未熟成虫の生食によっても起こると考えられており, この段階であれば, 廃棄されることなく流通している可能性がある。ただし, 細菌性食中毒への対策として, 牛レバーの生食が規制されたことから, この感染経路は断たれたと信じたい。
と畜検査では, 肉眼的に検出可能な大きさの寄生蠕虫であれば排除できるが, 筋肉や内臓深部に潜む幼虫を見つけることは難しい。肉表面のみの加熱は, 外部から肉を汚染している細菌性食中毒の防止には有効であるが, 内部の寄生虫には効果がない。中心温度75℃, 1分以上の加熱が寄生虫にも有効であると考えられるので, 重要ではあるが限界もあると畜検査の実態と加熱調理の重要性を周知していくことが急務であろう。
参考文献
- 盛 信博ら, 日獣会誌 49(7): 467-470, 1996
- 松尾加代子ら, 獣医寄生虫誌 13(1): 54-56, 2014
- 釜井莉佳ら, 獣医寄生虫誌 13(1): 1-6, 2014
- 吉田彩子ら, 獣医寄生虫誌 13(1): 21-26, 2014
- 松尾加代子ら, 獣医畜産新報 68(8): 602-606, 2015
- 尾針由真ら, 野生動物医誌 18(4): 115-120, 2013