日本海裂頭条虫の同定―沖縄県
(IASR Vol. 33 p. 103-104: 2012年4月号)
2011年11月県内医療機関より成人男性の排便時に排出されたという寄生虫様検体の検査依頼があり、形態学的検査とミトコンドリアのチトクロームCオキシダーゼサブユニット1(CO1)遺伝子解析により日本海裂頭条虫と同定したので報告する。
患者は40代男性、症状は下痢および心窩部痛で、排虫は今回が初めてではないとのことであった。生魚は食べるがマス等を生食した記憶はなく、海外渡航歴も無かった。
排出された虫体は生理食塩水に保存され搬入された。虫体は白く平たい紐状で多数の片節が連なっていたことから条虫類と判断した(図1)。また、片節の中央には生殖器様構造が確認された。片節の一部を細切し、スライドグラス上で圧平し顕微鏡で観察したところ、裂頭条虫様の虫卵が確認された(図2)。以上のような虫体や虫卵の形態学的所見から、裂頭条虫類と推察できた。
裂頭条虫類には、マンソン裂頭条虫(Spirometra erinaceieuropaei )、広節裂頭条虫(Diphyllobothrium latum)および日本海裂頭条虫(Diphyllobothrium nihonkaiense )などが属しているが、マンソン裂頭条虫はヒトでは成虫に成長せず弧虫症となることから鑑みて、当該条虫は日本海裂頭条虫または広節裂頭条虫の可能性が高いと考えられた。
しかし、形態学的には両種の判別は困難なため、ミトコンドリアCO1遺伝子解析を試みた。試料は片節1つをDW 1mlに入れホモジナイズにより乳剤とし、QIAamp DNA Mini Kit(QIAGEN社)によりDNAを抽出した。ミトコンドリアCO1遺伝子を増幅するPCRは、プライマーDBCO1-1 およびDBCO1-2 1,2) を用いて実施し、300bp付近にDNA増幅産物を確認した。得られたDNA産物の塩基配列をダイレクトシークエンスで決定し、DDBJに登録された塩基配列データを用いて分子系統解析を行った結果、日本海裂頭条虫のクラスターに属した(図3)。塩基配列の相同性は、日本海裂頭条虫と100%一致し、類症鑑別が必要となる広節裂頭条虫とは91.9~92.3%、マンソン裂頭条虫とは82.3~84.6%であった。以上の結果より、当該条虫は日本海裂頭条虫と同定した。
今回の検体は保存状態が良く、形態的な観察も十分できたが、搬入される検体によっては損傷や不適切な保存液による形態の変化等により、形態学的特長が明瞭でなく、大まかな分類でさえ困難な場合も想定される。その場合でも遺伝子学的検査は有用であり、形態学的検査と合わせて実施していくことでより迅速で正確な同定が可能になると考えられる。
日本では、裂頭条虫症が条虫症の大半を占め、有薗らの報告によると裂頭条虫症の報告件数は最近の5年間では増加傾向である3,4) 。沖縄県では、本土復帰後に初めて裂頭条虫症が確認され、1980年代には17例の報告があるが 5)、近年の状況は把握できていない。条虫症は感染症法の対象疾患ではないため発生状況の調査は難しく、今後、より多くの検査機関が検査体制を整えておくことにより、わが国における本症の実態把握につながるものと考えられる。
参考文献
1)八木欽平,三好正浩,道衛研所報 55: 81-84, 2005
2)阿部仁一郎, 他,生活衛生, 53: 169-176, 2009
3) Naoki Arizono, et al ., Emerg Infect Dis 15: 866-870, 2009
4)有薗直樹,Clinical Parasitology 22: 9-17, 2011
5)長谷川英男, 安里龍二, Japanese Journal of Parasitology 39 Supplement, April, 1990
沖縄県衛生環境研究所
喜屋武向子 平良勝也 仁平 稔 岡野 祥 真榮城徳之 久高 潤
大浜第一病院 山城惟欣