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当初蚊媒介感染症が疑われた発疹熱輸入事例―川崎市

(IASR Vol. 38 p.121-123: 2017年6月号)

発疹熱は, 主にネズミノミが媒介する発疹熱リケッチア(Rickettsia typhi)を原因とする感染症で, 発熱, 頭痛, 発疹, 関節痛などの症状を引き起こす。世界各地で散発的な発生が確認されているが, 国内における感染発症例は稀で1), 2013年の兵庫県からの報告が最後となっており2), 海外からの輸入例は2003年以降でも限定的である3-8)。2016年に川崎市において, 東南アジアへの渡航歴があり, 当初ジカウイルス感染症が疑われた患者からR. typhiが検出されたので, その概要を報告する。

 患者はフィリピン滞在中に連日の蚊の刺咬歴があり, 帰国後, 倦怠感や頭痛が数日続いた後, 明らかな発熱と全身痛 (第1病日), その後発疹が出現した。当時のジカウイルス感染症の流行状況を鑑み, 症状と渡航歴および発症時期がジカウイルス感染症を疑う症例の要件に合致していたことから, 第3病日に受診した医療機関で患者検体(血清および尿)が採取され, 川崎市健康安全研究所に搬入された。研究所においてジカウイルス, チクングニアウイルス, デングウイルスの遺伝子検査を実施したが, リアルタイムPCR検査およびコンベンショナルPCR検査の結果はすべて陰性であった。患者は高熱が持続し, 第4病日に市立病院の救急外来を受診し入院となった。入院時および翌日に末梢血塗抹ギムザ染色等でマラリアは除外された。病歴および臨床経過から腸チフス・パラチフスが疑われ, 血液培養を実施した。前医で塩酸セフカペンピボキシルを処方されており, 血液培養の感度を上げるためにいったん投薬を中止し, 48時間経過観察の後に再度血液培養を実施した後にセフトリアキソン(CTRX)で治療を開始した。幸い全身状態は比較的良好であったが, 以後も39℃以上の発熱が持続し, 四肢近位筋の筋肉痛と体幹・大腿に散在する淡い紅斑が断続的に出現した。CTRXによる治療を開始した後も発熱・筋肉痛は持続し, 皮疹は改善したものの, 肝酵素活性の著明な上昇がみられた。腹部エコーでは異常所見はみられなかった。

臨床症状や検査所見がCTRX投与後も改善しないこと, 血液培養陰性であること, 渡航中にネズミを目撃した経緯などを踏まえ, 主治医がリケッチア感染症を疑い, 第6病日に採取した血液〔血漿および末梢血単核球(PBMC)〕および血清を用いて, 当研究所にてリケッチア感染症(日本紅斑熱, つつが虫病, 発疹熱, 発疹チフス), Q熱, エンテロウイルス感染症およびパレコウイルス感染症についてPCR検査を実施した。第9病日に採取した便についてはエンテロウイルス感染症およびパレコウイルス感染症のウイルス遺伝子検査を実施した。

リケッチア遺伝子検査用の検体は, 10μLのproteinase K(TaKaRa)と混合した後, QIAamp DNA Mini Kit(QIAGEN)のプロトコールに沿ってDNA抽出を行った。PCR試薬はTaKaRa Ex Taq(TaKaRa)を使用し, リケッチア属を広く検出できる17kDa蛋白抗原遺伝子を標的とするプライマー(R1/R2)9)を用いて1st PCRを行い, その後1st PCR産物をテンプレートとして, 発疹熱 (Rty2F/Rty3R), 発疹チフス(Rpro2F/Rpro3R)10), リケッチア属共通innerプライマー(Rr17.61p/Rr17.492n)5)を用いてnested PCRを行った。その他, 日本紅斑熱, つつが虫病, Q熱, エンテロウイルス感染症, パレコウイルス感染症についても, それぞれPCR検査を実施した。

PCRの結果, PBMCおよび血清において17kDa蛋白抗原遺伝子の増幅産物が434bpの位置に確認され, 発疹熱検出用プライマーでも同検体において267bpの位置に遺伝子増幅産物が確認された()。これらPCR産物について, シークエンサーを用いて塩基配列を解読したところ, R. typhiであることが確認できた。日本紅斑熱, 発疹チフス, つつが虫病, Q熱, エンテロウイルス感染症およびパレコウイルス感染症の病原遺伝子PCR検査の結果はすべて陰性であった()。また後日, 国立感染症研究所において, 第3病日と第30病日のペア血清を用いて間接蛍光抗体法を行ったところ, 発疹チフスR. prowazekiiでも急性期抗体(IgG陰性/IgM 80倍), 回復期抗体(IgG 80倍/IgM 320倍)と交叉はあったものの, 発疹熱R. typhiに対して急性期(IgG陰性/IgM 160倍), 回復期(IgG, IgMともに640倍以上)と有意に抗体上昇が認められた。

患者への投薬は, 第12病日にすでにCTRXをアジスロマイシンに変更して解熱がみられていたが, PCR検査による発疹熱との診断確定後, ミノサイクリンへの投薬変更が行われた。症状の改善がみられたことから, 第14病日に退院となった。

今回の事例は, 当初蚊媒介感染症が疑われた患者から最終的に発疹熱リケッチアが検出された貴重な報告である。

近年のジカウイルスやデングウイルス等の流行に伴い, 海外渡航歴があり発疹・発熱を呈している患者については症状や渡航地域, 蚊の刺咬歴等から蚊媒介感染症を疑われるケースが多いが, 今回の事例を踏まえると, リケッチア感染症等を含めた適切な病原診断が必要と考える。

渡航歴のある発熱性発疹性疾患の鑑別には, 麻疹や風疹だけでなく, 腸チフス, レプトスピラ症, マラリア, デングウイルス感染症, チクングニアウイルス感染症, ジカウイルス感染症等, 多くの疾患を考慮する必要がある。本事例の経験から, 発疹熱を含めたリケッチア症も鑑別の一つに加えることが重要で, 問診および調査に際しては臨床症状や滞在先での行動に加え, ネズミとの接触歴や目撃情報等の聴取も重要と考える。

 

参考文献
  1. 内山恒夫, IASR 27: 42-44, 2006
  2. 野村哲彦ら, IASR 34: 313-314, 2013
  3. Azuma M, et al., Emerg Infect Dis 12(9): 1466-1468, 2006
  4. Kobayashi T, et al., 感染症学雑誌 83: 747, 2009
  5. Takeshita N, et al., J Travel Med 17(5): 356-358, 2010
  6. Sakamoto N, et al., J Travel Med 20(1): 50-53, 2013
  7. 加藤博史ら, 感染症学雑誌 88: 166-170, 2014
  8. Yoshimura Y, et al., J Travel Med 22(5): 353-354, 2015
  9. 国立感染症研究所(レファレンス委員会)・地方衛生研究所全国協議会 リケッチア感染症診断マニュアル, 平成13年
  10. 国立感染症研究所(レファレンス委員会)・地方衛生研究所全国協議会 発疹チフス群リケッチア診断マニュアル, 平成14年

 

川崎市健康安全研究所
 石川真理子 駒根綾子 松島勇紀 清水智美 清水英明 松尾千秋
 三﨑貴子 岡部信彦
川崎市川崎区保健福祉センター
 原田 怜 江口麻樹 西村正道 田巻いづみ 雨宮文明
川崎市健康福祉局保健所感染症対策課
 黒澤仁美 小泉祐子 林 露子 田崎 薫
川崎市立川崎病院感染症内科
 細田智弘 坂本光男
国立感染症研究所ウイルス第一部第五室
 安藤秀二

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