ヒストプラスマ症は輸入真菌症の一つで、日本を除き世界的にみられる。3種類の原因菌があり、それぞれの感染により病名はカプスラーツム型ヒスト プラスマ症(histoplasmosis capsulati)、ズボアジ型ヒストプラスマ症(histoplasmosis duboisii)、ファルシミノースム型ヒストプラスマ症(histoplasmosis farciminosi) と呼ばれている。ただし、カプスラーツム型とズボアジ型との違いは、後者がアフリカ大陸でみられ、感染組織内の酵母細胞が前者のそれに比べて大きく(直径 8~15μm)、組織内に多数の巨細胞が出現してくるという以外は、分離菌の間に菌学的(形態的)な違いはない。また、ファルシミノースム型はウマ、ロバ 等四足獣の病気である。
疫 学
現在までに本邦で27 例の報告がある。以前、日本での感染例はないと思われていたが、最近国内感染例が疑われる患者が報告されはじめてきた。本症は細胞性免疫機能が低下した患者、特に臓器移植やエイズの患者に発症例が多く、重篤となる。
カプスラーツム型ヒストプラスマ症の原因菌はHistoplasma capsulatum variety capsulatum Darling 1906 で、世界中の熱帯、亜熱帯、温帯地域で発生している。特に米国のミシシッピ川流域に報告例が多い。本菌は通常菌糸状で発育するが、感染組織内では酵母状発 育をする(二形性真菌)。菌糸状発育で形成された大、小の分生子を吸入することにより肺感染を起こすが、多くの場合良性に経過し、自然治癒する。しかし、 細胞性免疫機能が低下している患者では病状は進行し、全身性となる。本邦報告例のうち、興味ある2 例を示す。1つは米国テキサス州の黒人から死体腎の移植を受けた患者が全身性ヒストプラスマ症を起こして死亡した例、もう1つはテレビ取材班がアマゾンの 洞窟内の撮影を行ったとき、コウモリの糞に付着していたH.capsulatum を吸い込み8名全員が感染した事故である。なお、本菌のテレオモルフ(有性世代)はAjellomyces capsulatus McGinnis et Kats 1979である。
ズボアジ型ヒストプラスマ症の原因菌はHistoplasma capsulatum var. duboisii(Vanbreuseghem)
Ciferri 1960で、本症は主にアフリカ大陸で報告されている。本菌のテレオモルフはH. cap. var. cap. と同じである。ファルシミノースム型ヒストプラスマ症の原因菌はHistoplasma farciminosum Ciferri et Redaelli 1934 で、エジプト、スーダン、インド、東欧諸国、旧ソビエト連邦で主にみられ、ウマ、ロバ等の頚部や脚のリンパ管やリンパ節が特異的に侵される。菌学的にはH. capsulatum と区別できない。四足獣から分離されたという事実によってのみ同定される。
病原体
H. capsulatum は土壌真菌で、ヒバリ、コウモリ等の糞に好んで発育する。27 ℃での発育は遅く、集落は粉状から綿毛状となる。初めは白色で次第に黄褐色を帯びてくる。裏面は黄色あるいは黄橙色を呈する。
顕微鏡的には分生子柄(conidiophore)、および、短い菌糸側枝の先端に大、小の分生子(conidium)が形成される。大分生子(macroconidium)は直径7 ~25μm 、球形または西洋梨形である。細胞壁は厚く、表面には多くの指状の突起がみられる。小分生子(microconidium)は直径2 ~6μm 、球形あるいは西洋梨形である。
臨床症状
1 .急性肺ヒストプラスマ症 acute pulmonary histoplasmosis
一過性にインフルエンザ様症状を呈し、自然治癒する。
2 .慢性肺ヒストプラスマ症 chronic pulmonary histoplasmosis
結核に似た症状を示す。特に、形成された空洞は結核によるそれとの鑑別が難しい。
3 .全身性ヒストプラスマ症 systemic histoplasmosis
急性型は小児に発症しやすく、死の転帰を取ることが多い。H. capsulatum が繁殖している洞窟や納屋に入り、多量の分生子を吸入した結果起こる。慢性型は細胞性免疫不全の患者に発生しやすい。
4 .眼ヒストプラスマ症 ocular histoplasmosis
血行散布により二次的に発症する。特に乳頭部周辺および網膜が侵されやすい。
病原診断
1 .H.capsulatum の分離同定
喀痰、膿、生検材料よりのH. capsulatum の分離は当然のことながら、隔離された安全キャビネット内で行われなければならない。本症は菌分離率が低いことが確定診断の妨げとなっている。国内症例の 27例のうち、6例のみ菌が分離されている。27 ℃で、サブロー・ブドウ糖寒天培地、血液寒天培地、1%ブドウ糖添加ブレイン・ハート・インフュージョン寒天などを使用し、4週間まで観察することを推奨 する。また、材料をブレイン・ハート・インフュージョン液体培地に浮遊させ、振盪培養後、平板培地に接種すると菌分離率が向上する。
本菌の同定の決め手は特徴的な大分生子の確認である。載せガラス培養をしなくても、ラクト・フェノール・コットンブルーで固定・染色した掻き取り標本の観察で確認できる。また、37 ℃における酵母様細胞の確認も有用であるが、分離株によっては温度依存性の二形性を取らないこともある。
2 .病原組織学的診断
組織内でH. capsulatum が直径2 ~5μmの酵母形として細胞内寄生しているのを確認する。PAS染色、GMS染色陽性である。
3 .免疫学的診断
免疫反応用抗原としてヒストプラスミン(histoplasmin)による皮膚(内)反応が有用とされてきたが、眼ヒストプラスマ症を刺激すると言われ ているので、使用には注意を要する。また、不顕性感染等の既往歴がある者は陽性となるので、流行地に居住した成人には有用でない。
抗体検出法には補体結合反応(CF)と免疫拡散法(ID)があるが、ブラストミセス症、コクシジオイデス症、パラコクシジオイデス症との交差反応により陽性に出ることがあり、注意が必要である。抗原検出法には血清、尿、髄液等から多糖体抗原をRIA で測定する方法がある。AIDS 患者には有用であるが、急性肺ヒストプラスマ症では検出できないことが多い。
ベータ‐ 1,3‐グルカン(β‐1,3‐glucan)を検出するキットもヒストプラスマ症に反応するといわれている。
4 .PCR によるH. capsulatum 遺伝子の検出・同定
本菌の遺伝子をパラフィン包埋した組織より抽出して検出する方法がほぼ確立している。また、培養菌体を固定してDNA を検出し、遺伝子シーケンスにより同定することはすでに可能である。
治療・予防
現在イミダゾール系の抗真菌剤(ケトコナゾール、ミコナゾール、イトラコナゾール等)、およびアムフォテリシンBが治療薬である。アムフォテリシンBの 抗真菌作用は優れているが、副作用(肝、腎障害)が強く、使用に当たっては十分な注意が必要とされている。
ヒトからヒトへの感染は通常認められないので、入院患者の隔離は要さない。材料の取り扱いについては、本菌を取り扱っている本人はもとより、周囲の人々に感染を起こす可能性があるので、安全キャビネット内で行わなければならない。
ヒストプラスマ症は感染症法で規定されている真菌感染症ではないが、輸入例だけでなく国内感染例が疑われる報告もあることから、日本でもその存在を疑われる危険な真菌感染症として重要性を認識する必要がある。
(千葉大学真菌医学研究センター病原真菌研究部門 宮治 誠 佐野 文子)