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輸入Queensland tick typhus(クイーンズランドマダニチフス)の一例

(IASR Vol. 38 p.123-124: 2017年6月号)

リケッチア感染症は世界各地に分布している1)。オーストラリアには紅斑熱群リケッチアの一種Rickettsia australisによるQueensland tick typhus(クイーンズランドマダニチフス)がある1)。本邦で初めて同定されたQueensland tick typhusの輸入症例を経験したので報告する。

症例:32歳 女性

主訴:発熱, 皮疹, 頭痛

既往歴:特記事項なし

現病歴:2015年11月からワーキングホリデーでオーストラリアに滞在中(2016年7月以降はクイーンズランドで生活)。2016年11月X日, 昼に畑で農作業をした4~5時間後, 左背部で吸血中のダニに気付き, 自分で取り除く際にダニの口器がちぎれた。同日から刺し口の周囲が赤く腫脹し疼痛も出現した。3日後の夕方から37℃台前半の発熱・頭痛・関節痛・左腋窩リンパ節の腫脹と疼痛が出現した(第1病日)。手持ちの鎮痛薬を服用していたが, 第3病日には38℃台に体温が上昇し, 手持ちの鎮痛薬を服用して同日日本に帰国した。症状が続き, 第6病日に当科を受診した。

初診時現症:意識清明, 体温36.9℃, 血圧104/73 mmHg, 脈拍92回/分, SpO2 97%(室内気), 呼吸数<20回/分, 結膜黄染・蒼白・充血なし, Jolt accentu-ation陽性, 咽頭発赤/扁桃腫大なし, 後頚部・左腋窩リンパ節腫脹(圧痛あり可動性良好で軟)あり, 右顎・右頚部・左大腿に紅斑あり, 左背部のダニ刺し口の周囲は発赤・熱感・腫脹・圧痛あり中心部に痂皮あり(図1)。胸腹背部に特記所見なし。

初診時検査所見:WBC 3,770/μL(Neu 59.4%, Ly 27.6%, Mo 11.4%, Eo 1.1%, Ba 0.5%), RBC 431万/μL, Hb 13.3g/dL, Ht 39.0%, Plt 24.6万/μL, UN 5.9 mg/dL, Cr 0.56 mg/dL, AST 20 U/L, ALT 10 U/L, ALP 145 U/L, gGT 14 U/L, T-Bil 0.4 mg/dL, LDH 220 U/L, CRP 3.30mg/dL。インフルエンザ迅速検査は陰性。尿検査と髄液検査は正常。

胸部単純X線:特記所見なし。

外来での経過:病歴と身体所見からリケッチア感染症(特に曝露場所からQueensland tick typhus)を疑った。全身状態良好で臓器障害や髄膜炎は無かったため, 外来でドキシサイクリン400 mg分2/日を処方し経過観察する方針とした。また, 抗菌薬投与前に皮膚科でダニの刺し口を含む皮膚組織を生検し, 全血と血清の検体もあわせて検査に提出した。ドキシサイクリンを2週間投与し, 軽快したため終診とした(この時点では確定診断に至っていなかったが治療経過は良好で, リケッチア感染症の治療は終了と判断)。

皮膚・全血検体の大阪市立環境科学研究所でのリケッチア科17kDa抗原を標的にしたR1/R2プライマーを用いたPCR検査は陰性だったが, のちに, これら検体と急性期血清(初診日)と回復期血清(初診日から34日後)に関して国立感染症研究所にて検査が施行された。間接蛍光抗体法により, R. japonicaに対する抗体が急性期では陰性, 回復期にはIgG 160倍/IgM 320倍と上昇し, またR. conoriiに対する抗体が急性期では陰性, 回復期にはIgG 80倍/IgM 160倍と上昇していたことから, 紅斑熱群リケッチアの感染があったことが示された。加えて, 全血および皮膚組織抽出DNA液のPCRとシークエンス解析の結果, 皮膚組織からリケッチア科17kDa遺伝子とgltAのuniversal nested PCRが陽性となり, 系統解析の結果, R. australisと同定された(図2)。全血は検討されたリケッチア遺伝子は陰性であった。

考 察:本邦のリケッチア症ではR. japonicaによる日本紅斑熱, Orientia tsutsugamushiによるつつが虫病が知られているが, その他R. helvetica2), R. heilongjiangensis3), R. tamurae4)などの症例が報告されており, またR. africaeをはじめとする輸入症例が報告されている5)。本症例はオーストラリア東海岸に分布するR. australisによるQueensland tick typhusであることが明らかになったが, オーストラリア本国でもこの感染症の正確な発生状況に関する報告は少ない6)

本例は本邦初の確定診断がついたQueensland tick typhusの一例であるが, 病歴上ダニ曝露が明らかで, 症状とあわせてリケッチア感染症を想定することは比較的容易であり, 皮膚組織を含む検体の採取と有効な抗菌薬投与を迅速に行うことができた。訪日外国人旅行者数と出国日本人の数は増加しており7), 世界で地方発生しているリケッチア感染症の輸入例が増加する可能性があるため, ダニへの曝露歴を含めた詳細な問診が必要である。

謝辞:大阪市保健所感染症対策課の皆様に深謝申し上げます。 

 

参考文献
  1. Parola P, et al., Clin Microbiol Rev 26(4): 657-702, 2013
  2. Noji Y, et al., Jpn J Infect Dis 58: 112-114, 2005
  3. Ando S, et al., Emerg Infect Dis 16: 1306-1308, 2010
  4. Imaoka K, et al., Case Rep Dermatol 3: 68-73, 2011
  5. Fujisawa T, et al., Acta Derm Venereol 92: 443-444, 2012
  6. Stewart A, et al., Trop Med Infect Dis 2: 10, 2017
  7. 国土交通省 観光庁ホームページ(2017年5月7日閲覧)

 

大阪市立総合医療センター感染症内科
 森村 歩 白野倫徳 小西啓司 笠松 悠 後藤哲志
大阪市立環境科学研究所(現・大阪健康安全基盤研究所)
 阿部仁一郎
国立感染症研究所ウイルス第一部 第五室
 安藤秀二

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