留置者を発端として発生した結核集団感染―渋谷区
(IASR Vol. 38 p240-241: 2017年12月号)
発端症例概要
66歳男性, 職業不詳, 住所不定, 直接死因呼吸不全, 最終診断肺結核, 病型不明, 菌所見不明, 感染経路不明
2015年1月, P警察署に留置される。留置当初より咳・痰あり, 発症時期は不明。同2月, 拘留中に呼吸状態悪化のため, 救急医療機関へ搬送され, 到着時心肺停止状態, 肺炎と診断され治療を受けるも数時間後に死亡。死体検案にて死因不詳のため, Q大学法医学教室において死因・身元調査法に基づく剖検が実施された。同6月, Q大学が「死因は肺結核」とする報告書を警視庁に提出。同8月, P署はこの事実を確認した。
疫学調査概要
2016年2月, 渋谷区保健所に菌陽性患者であるP署署員(58歳, 男性, 病型:rIII1, S:2+)の接触者検診依頼が同患者住所地保健所よりあった。当初の疫学調査の結果, 他に1名の菌陽性患者である署員(23歳, 男性, 病型:bIII1, S:1+)と前年度に結核死した留置者の存在が明らかとなった。このため, 同留置者を感染源と推定して, 留置中, 救急治療時, 剖検時等の接触者を対象に胸部X線撮影およびIGRA(interferon-gamma release assays)検査により接触者検診を実施した。
その結果, 調査前発病者2名を含む発病者11人, IGRA陽性者24名が判明した。健診結果詳細は表に示す。
また, 菌陽性患者3名から得られた菌体および留置患者のホルマリン固定された臓器より検出した菌体について結核研究所および東京都健康安全研究センターの協力を得て遺伝子VNTR(variable-number of tandem-repeats)検査を実施し, JATA12領域およびHV4領域を検索した。なお, 留置患者菌体はJATA12領域中8領域およびHV4領域中3領域は同定不可能であった。結果として, 有症状で診断されたP警察関係の1患者および検診で発見された同1患者は16領域中15領域で一致し, 同一VNTR型であり, 留置患者とは検定可能だった5領域中4領域で一致し, 確実性はやや低いものの同一型であることが推察された。なお, 1患者は一致する領域がなく異なる型であることが確認された。
感染リスクが濃厚な対象者でより感染率が高いこと, 菌陽性患者のVNTR型が一致したことから留置者を発端とする集団感染であると判定した。
考 察
本集団感染の拡大はいくつかの段階で予防可能であった。留置時にはすでに呼吸器症状を有し, この時点で診断が確定できた可能性があり, それにより感染拡大は予防可能であった。また, 有症状接触患者が患者死亡後の各段階で結核として認識され対応が行われれば, 接触者の発病は予防できた可能性がある。
①留置施設:社会的不安定という結核感染のリスクを有し, 呼吸器症状が継続していることから, 理学的診療のみならずX線撮影等の精密検査を実施すべきであった。
②救急診療:致死性患者であり, 治療上必須でなくても感染予防を勘案すると, 菌検査等により感染症の鑑別診断を実施すべきだった。
③剖検時:検査室においては空気感染に対応した標準予防策の徹底, 換気装置等の整備を行うべきだった。
④剖検後:結核を疑いうる所見が認められた時点で迅速に菌検査を実施するとともに, 関係機関に連絡すべきだった。
⑤剖検結果確定時:医師が感染症の患者等を診断した際の届出義務について, 死体を検案した場合に準用するとされており, 解剖を行った医師は, 診断確定時に感染症法に基づき直ちに届出なければならなかった。
⑥死因報告受理時:死因・身元調査法では, 警察署長は, 死因がその後同種の被害を発生させるおそれのあるものである場合, 必要があると認めるときは, その旨を関係行政機関に通報するものとされており, 留置者の死因が結核であることを把握した時点で保健所へ通報すべきだった。
結 論
日本における結核罹患率の低下, 低蔓延化に伴い関係機関・関係者の結核についての認識の低下が本症例における感染拡大を惹起した。全体としては低蔓延化しても, 社会的不安定者等のハイリスク層においては依然として感染発病リスクは高い。各関係機関では, 結核感染について再認識するとともに, 保健所等の担当行政機関は改めて普及啓発を推進する必要がある。