国立感染症研究所

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急激な経過を辿った侵襲性髄膜炎菌感染症の事例および対応について

(IASR Vol. 39 p7-8: 2018年1月号)

はじめに

髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)はグラム陰性双球菌であり, 髄液, 血液, その他無菌部位より検出された際には, 重篤な経過をとることが知られており, 侵襲性髄膜炎菌感染症として5類感染症全数把握に指定されている。

髄膜炎菌は咳やくしゃみ等による飛沫感染で伝播するため飛沫感染予防策が必要となる。また, 健康なヒトの鼻腔咽頭からも稀に分離される。

日本では2013年3月31日までは髄膜炎菌性髄膜炎として5類感染症に位置づけられていたが, 2013年4月1日より敗血症の症例も対象に追加され, 侵襲性髄膜炎菌感染症へと変更になった。その背景もあり2013年以降は報告数が増加している1)

症 例

年齢・性:30代, 男性
 主 訴:発熱, 下肢の痛み, 呼吸困難
 現病歴:来院前日からの頭痛, 寒気, 両下肢のしびれが出現し, 来院当日も症状が持続したため, 独歩にて救急外来を受診される。家族からの情報では, 受診前日の飲酒はなし。
 既往歴:腎炎(幼少期)
 家族歴:特記事項なし
 嗜 好:喫煙20本/日, ビール6杯以上/日20年
 職 業:建築資材販売
 渡航歴:なし
 家族構成:父親と二人暮らし

来院時の所見

体温39.8℃, 血圧72/44mmhg, 脈拍168回/分, 呼吸数36回/分, SpO2測定不能, 末梢冷汗あり。両下肢のしびれ・自発痛があるも, 把持痛や腫脹なし。意識レベルE4V5M6で意思疎通は可能であった。また, 両側足底部に点状出血がみられた。

来院時の検査結果

来院時の血液検査にて肝, 腎機能障害を認め, 炎症反応も高値であった。血小板低下, 凝固系も延長しており, 播種性血管内凝固症候群(DIC)の所見であった。血液ガス分析では代謝性アシドーシスを認めた。

経 過

敗血症性ショックと診断し, 救急外来において急速輸液投与を行い, 抗菌薬(セフトリアキソン2g, バンコマイシン1g)を迅速に投与した。血液培養は感染性心内膜炎も視野に3セット採取した。輸液後, 乳酸値は改善したが頻脈(170回/分)が持続していた。その後, 救命病棟へ入院となった。

入院後に気管挿管し, 人工呼吸器による呼吸管理を開始した。追加の血液検査ではDICの進行が確認された。ノルアドレナリン0.2γで開始し昇圧を図るが血圧は上昇しなかった。

入室約4時間後に突然心肺停止(CPA)となり, アドレナリン1mgを投与し, 約5分で心拍は再開し意識の改善も確認された。追加の血液検査でエンドトキシンが281.0pg/mL(基準値:1.0pg/mL以下)と著明に上昇しており, 重症敗血症ショックを示唆する結果であった。

その後, 昇圧剤を増量し, エンドトキシン吸着療法(PMX-DHP)を行うも血圧を維持できず, 入室から約11時間後に死亡した。

死亡退院の翌日に血液培養開始から15~17時間後に3セットからグラム陰性球菌が分離された。この時点で髄膜炎菌を疑い, 職員10名に対してリファンピシン1回600mgを12時間毎で2日間の予防投薬を行った。また, 家族2名に対しても同様に予防投薬を実施した。退院2日後に血液培養よりNeisseria meningitidisが同定された。管轄保健所へ感染症法5類感染症として届出を行い, 同時に衛生研究所へ菌株の精査を依頼した。後日, 精査結果は髄膜炎菌(N. meningitidis血清群C)であった。

考 察

病原微生物検出情報月報(IASR)では, 髄膜炎菌C群はヨーロッパや南北アメリカ, アフリカの一部で散発的に小規模な発生を引き起こす起炎菌であり, その罹患率はB群, A群よりは低いが, 決して病原性の低い血清群ではないと報告されている2)。また, 曝露後の予防投薬について, 曝露者の保菌検査などの結果を待たずに可能な限り早期に投与する必要があると報告されている3)

本症例における髄膜炎菌の侵入経路については, グラム陰性球菌が分離された時点で管轄保健所へ情報提供を行いつつ, 髄膜炎菌同定後に潜伏期間中の行動調査を協同で行ったが, 侵入経路は不明であった。接触者への予防内服については保健所の支援を受け, 菌同定結果を待たずに早期に職員, 患者家族への投薬を開始することができた。

今回, 我々は本症の診断や治療だけではなく, 感染制御の遵守についても再考が必要となった。本症例に対しては, 初診から退院時まで, 積極的に飛沫感染予防策の実施が行われるべきであった。特に気管挿管時などでは, 二次感染のリスクが高い状況にあった。

本邦における侵襲性髄膜炎菌感染症の報告は, 年30例程度と散発的ではあるが, 急激に重篤な経過を辿ることもあるため, 二次感染予防を含め常に注意が必要な病原体である。

結 語

我々は, 今回, 侵襲性髄膜炎菌感染症により重篤な経過を辿った1例を経験したので若干の文献的考察を加え報告した。

 

参考・引用文献
  1. 国立感染症研究所, 感染症発生動向調査年別報告数一覧(全数把握五類)
  2. 高橋英之ら, IASR 26: 35-36, 2005
  3. 國島広之, IASR 34: 366-367, 2013

社会医療法人仁愛会浦添総合病院
 感染防止対策室 原國政直
 呼吸器内科 名嘉村 敬
 呼吸器外科 福本泰三
沖縄県南部保健所(当時)
 座嘉比照子 大野 惇 上原真理子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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