国立感染症研究所

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エコーウイルス9型による無菌性髄膜炎の臨床的特徴

(IASR Vol. 39 p93-94: 2018年6月号)

近年, エンテロウイルスによる無菌性髄膜炎の流行が少なくなっているが, 2013年6~9月にかけて東京都荒川区を中心に無菌性髄膜炎の流行を認めた。東京都健康安全研究センターの介入によりエコーウイルス9型(E-9)によるアウトブレイクと判明し, 全体像把握のための記述疫学が行われ, 2014年1月のIASRに報告された1)。その後2017年まで散発的な無菌性髄膜炎は認めるものの, 当医療圏ではアウトブレイクを認めていない。日本では毎年夏季に無菌性髄膜炎が増加するが, その病原体や流行の程度は年によって異なる。これまでにも数年ごとにE-9によるアウトブレイクがみられている2,3)。今後もこのようなアウトブレイクが起こる可能性があり注意を要すると思われる。今回のアウトブレイクで当院に入院した無菌性髄膜炎の臨床像を中心に解析したので報告する。

2013年6~9月に62例の無菌性髄膜炎患者が入院した。例年当院では夏季の無菌性髄膜炎の入院は月数人であり, 明らかなアウトブレイクであった。62例すべてに対して病原体診断が行われた。髄液抗原検査(ウイルス分離, PCR)は, まずコマーシャルラボにてウイルス分離を行い, 陰性または同定不可とされた検体について我々がエンテロウイルスのPCR検査を行った。ペア血清による血清抗体検査は中和法で行い, 急性期と回復期で抗体の陽転化または4倍以上の上昇を陽性とした。E-9について, 抗原検査のみ陽性であったのは21例, 抗体検査のみ陽性例は18例, 両検査ともに陽性であったのは6例となり, アウトブレイクの主な病原体と判明した。他のウイルスが病原体と確定した5例(E-6が1例, E-18が2例, E-25が1例, コクサッキーウイルスB4型が1例)と病原体が同定できなかった12例を除外した。ウイルス学的にE-9感染が確定したこれら45例について臨床像および疫学的背景を検討した。月別入院数は, 6月に2例, 7月に21例, 8月に20例, 9月に2例で, 男女比は24例:21例(1.1:1)であった。年齢中央値は5歳(範囲:0~13歳)で, 幼児から小学校低学年の児が多かった。生活環境としては, 保育園が20名, 幼稚園が5名, 小学校が17名, 中学校が1名, 集団生活をしていない乳幼児が2名(同胞もE-9陽性例)であった。臨床症状は, 全例で発熱を認め, 幼少で頭痛の訴えが不明だった4例以外全例で頭痛を認め(41/45:91%), 嘔吐も44/45(98%)であった。多くの症例で典型的な髄膜炎の症状が認められ, 身体所見では項部硬直も38/45(84%)で認められたが, 入院時点では無菌性髄膜炎届出基準の臨床症状を満たさない症例も認めた。有熱期間の中央値は6日(範囲: 3~11日)であり, 22/45(49%)で二峰性・三峰性発熱が認められた。検査所見ではWBC中央値11,400/μL (範囲:6,200/μL~22,000/μL), CRP中央値2.38 mg/dL(範囲:0.02 mg/dL~11.3 mg/dL)と, ほとんどの症例では炎症反応の上昇は軽度であったが, 一部細菌感染を疑わせる炎症反応高値となる症例も認めた。入院時髄液細胞数は中央値265/μL(範囲:12/μL~2,534/μL)であり, 37/45例(82%)で多核球優位であった。全例で臨床経過が良好であったため髄液検査の再検は行っていないが, エンテロウイルス感染では病初期に多核球優位になることが知られており3), その後単核球優位になったと考えられる。髄液蛋白は中央値26.1 mg/dL(範囲:12.0 mg/dL~80.4 mg/dL)と軽度増加, 糖は中央値78.0 mg/dL(範囲:52 mg/dL~113 mg/dL)と低下なく, ウイルス性髄膜炎に典型的な検査所見であった。1例痙攣と傾眠傾向を認めたため脳波を施行したところ, 徐波を認め髄膜脳炎と診断したが, 後遺症を認めた児はなく, 入院期間の中央値は7日であった。細菌感染が否定されるまで抗菌薬による治療が16/45例(36%)で行われていたが, 7月中旬以降は5例と, アウトブレイクを認知し始めた頃より抗菌薬の使用は減少していた。全例で髄液培養も陰性であった。

 E-9の臨床像としては, 発熱期間が中央値6日と長く, 二峰性発熱が多く認められる特徴があり, これまでの報告と一致していた4)。E-9流行の年によって発疹を認める無菌性髄膜炎症例が多いこともあるが, 今回の検討では1例も認めなかった。今回のアウトブレイクは一般の夏休み期間を含んで続いたが, 保育園は夏休みがないことや, プールや習い事などを介した拡がりがあり, また小学校や中学校で患者が発生した後に家族内感染を経て, 再び幼稚園や小学校で流行を繰り返し拡大していった経緯もあった。今回入院した児のほとんどが集団生活をしており, エコーウイルスのような感染力の強いウイルスがいったん流行するとそれを阻止するのは難しく, 集団生活の現場での手洗いや排泄物の処理といった感染対策を日頃からしっかりと行う必要がある。また, 当院の医療地域で無菌性髄膜炎の流行が判明したことで, アウトブレイク後半の症例に対しては抗菌薬の投与が減っていた。中には細菌感染を疑わせるような血液検査所見を呈している症例もあり, 個々の症例に対する個別の対応が必要になるが, アウトブレイクといった疫学的データを地域病院が把握することは感染拡大防止および適切な治療にも繋がると考えられる。

参考文献
  1. 杉下由行ら, IASR 35: 19-20, 2014
  2. Centers for Disease Control and Prevention, MMWR 32: 761-764, 2003
  3. 細菌性髄膜炎診療ガイドライン作成委員会(編), 細菌性髄膜炎診療ガイドライン2014, 南江堂, 東京, 2015
  4. Akasu Y, Kurume Medical Journal 46: 97-104, 1999

 

東京女子医科大学東医療センター小児科
 高橋健一郎 志田洋子 鈴木葉子
国立感染症研究所感染症疫学センター
 藤本嗣人 小長谷昌未 花岡 希

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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